”仲人と腹を合わせ”ない、後期大将棋の悪狼の謎(長さん)
私の推定によれば、”端破りの対角角行の斜め攻めを防ぐため”、普通唱導
集に於いて、その時代の大将棋では、当たっている仲人の横に、嗔猪を袖側
から進めて、横利きを付ける事を第2節で唄っている。この将棋が後期大将
棋だと、このあと、更に仲人に桂馬で紐を付けるのが、仲人の初期位置が、
6段目であるために、困難であるという、大きな難点がある。だが、他にも
不明な点が存在する。
そもそも、今回表題に示したように、仲人の位置に横から利かせる駒が、
嗔猪ではなくて、内側から登らせた、悪狼であっては、何故いけないのかと
いうのも、問題としてあると思う。なお、悪狼には銀将の動きとする江戸時
代の文献もあり、それだと横からは利かせられないのだが、水無瀬兼成の将
棋部類抄では、前、斜め前、横の5方向歩みなため、仲人と腹を合わせるこ
とができ、また、どちらの場合も、斜め下から仲人に紐を付ける事も出来る
ので、不思議な点がある事には変わりがないのではと思う。
尤も、嗔猪は3方向歩み、悪狼は5方向歩みであるから、交換による得は、
嗔猪の方が上ではないかという、意見もあるかもしれない。
しかしながら後期大将棋では、嗔猪を繰り出すのに竪行を動かすのと、
悪狼を出すのに龍馬を動かす事を比較すると、斜め動きの龍馬を、早い段階
で攻め駒として用いるようにする事をも兼ねて、悪狼を繰り出せるように、
龍馬はこのケースは動かされる事になる。そのため竪行を移動させるのと、
龍馬を初期に適所に移動させるのとでは、後者の方が起こりやすいのではな
いか。つまり私には、
悪狼で仲人に紐が付いているような陣形にするのは、嗔猪で仲人に紐が付い
ているような陣形にするのに比べて、後期大将棋では、より利得が多く、出
現しやすい陣形であるように思える
のである。なお実際には、内側で相手右角行の攻撃を防ごうという展開では、
龍馬先の歩兵が仲人よりも、先に当たることが多い。そこで悪狼と仲人が腹
を合わせるという陣よりも、後期大将棋では実際には、悪狼が龍馬の前の、
歩兵を守っているような、普通唱導集の記載とは異質の位取りに、普通はな
るように私には思える。それに対して普通唱導集時代の大将棋に、そもそも
悪狼は無かったと考えさえすれば、一例として私の13×13升目108枚
制普通唱導集大将棋では、龍馬の後ろは、前だけでなく、横にも行けない
猛虎が居るのであって、悪狼のような支えの働きは、猛虎には期待でき無い。
だから、猛虎で、無理に仲人に紐を付けるには、攻めの右角行を、動かす等、
かなりめんどくさくなる。よって、13×13升目108枚制の、私の普通
唱導集大将棋仮説なら、やむをえず竪行前の歩兵を上げた後、竪行自体も上
げ、更に嗔猪を仲人の段まで上げて、相手右角利きを止めるという展開に、
確かになり、普通唱導集の第2節に書いてある事は合っていると思う。
以上の事から、”普通唱導集時代の大将棋が、後期大将棋であった”という
説には、説明の困難な所が複数あるという点だけは、確かだと私は思う。
なお、以前このブログでは、悪狼は”送り狼”という、妖怪の仲間のうち
で、タチが悪く、人間に危害を加える方の類の事、だとの旨述べた事があっ
た。しかし最近この私の説には、はっきりとした根拠が無いばかりではなく、
ひょっとすると、この説明は間違いだったかもしれないと、私は考えるよう
になった。
つまり、なおもはっきりとはしないのだが、ひょっとして、悪狼とは、
鎌倉時代の末期が活躍の極であった、”悪党”という人間集団を指す単語の、
”と”を”ろ”に一音変えた、シャレなのではないだろうかと、私は思う
ようになったのである。つまり、
悪狼は実は、意味合いとしての”横行(人)”の類語ではないかという事
である。それは、平安大将棋の横行の初期位置と、後期大将棋の悪狼の
初期位置とが、何れも中央筋、ないし、それに近い所にあるという、共通
点があるためである。なお、その他の根拠としては、江戸時代に製作され
たものであろうが、大局将棋で、悪狼の成りを”毒狼”という、最後の音
を伸ばさないと”髑髏”になるような名前を成り駒につけ、シャレている
ように見える点を、挙げる事ができると思う。ようするに、
悪狼は、升目が13×13升目から15×15升目に拡張された直後に、
中央部に空きができたために、横行が、中央位置にかつて、二中歴の平安大
将棋の時代に有ったという故事にちなみ、その同義な駒として、3段目の
中央筋から3つ目に、後期大将棋の作者によって加えられたのではないか
という事である。もともと、どんな将棋種でも、その升目数のままで進化
を続けてゆくと、中央部から駒が埋まって行き、中央部には古くからの駒
が存在し続け、新たな駒種を考えなければならないのは、大概は袖の方の
駒のケースが多いはずである。そもそも中央列は、横行が袖に移動した後、
酔象がその位置に加えられ、一旦はそれで収まったはずであった。しかし、
後期大将棋では、升目を急に15升目に増やしたため、その直前の進化で、
中央部に、空きができてしまったのではなかろうか。それで、もっともら
しい駒で、空升目を埋めなければならなかった、ような事情があると思う。
つまり、後期大将棋では、先祖帰りあるいは、いにしえにちなむような、
後で考えて追加したように、かなり疑われる悪狼という駒が、中央部に
存在する。そのため、この将棋が15升目になったのは、それが成立する
直前だったのではないかと、匂わせているような気が、私にはするのであ
る。(2017/05/22)
集に於いて、その時代の大将棋では、当たっている仲人の横に、嗔猪を袖側
から進めて、横利きを付ける事を第2節で唄っている。この将棋が後期大将
棋だと、このあと、更に仲人に桂馬で紐を付けるのが、仲人の初期位置が、
6段目であるために、困難であるという、大きな難点がある。だが、他にも
不明な点が存在する。
そもそも、今回表題に示したように、仲人の位置に横から利かせる駒が、
嗔猪ではなくて、内側から登らせた、悪狼であっては、何故いけないのかと
いうのも、問題としてあると思う。なお、悪狼には銀将の動きとする江戸時
代の文献もあり、それだと横からは利かせられないのだが、水無瀬兼成の将
棋部類抄では、前、斜め前、横の5方向歩みなため、仲人と腹を合わせるこ
とができ、また、どちらの場合も、斜め下から仲人に紐を付ける事も出来る
ので、不思議な点がある事には変わりがないのではと思う。
尤も、嗔猪は3方向歩み、悪狼は5方向歩みであるから、交換による得は、
嗔猪の方が上ではないかという、意見もあるかもしれない。
しかしながら後期大将棋では、嗔猪を繰り出すのに竪行を動かすのと、
悪狼を出すのに龍馬を動かす事を比較すると、斜め動きの龍馬を、早い段階
で攻め駒として用いるようにする事をも兼ねて、悪狼を繰り出せるように、
龍馬はこのケースは動かされる事になる。そのため竪行を移動させるのと、
龍馬を初期に適所に移動させるのとでは、後者の方が起こりやすいのではな
いか。つまり私には、
悪狼で仲人に紐が付いているような陣形にするのは、嗔猪で仲人に紐が付い
ているような陣形にするのに比べて、後期大将棋では、より利得が多く、出
現しやすい陣形であるように思える
のである。なお実際には、内側で相手右角行の攻撃を防ごうという展開では、
龍馬先の歩兵が仲人よりも、先に当たることが多い。そこで悪狼と仲人が腹
を合わせるという陣よりも、後期大将棋では実際には、悪狼が龍馬の前の、
歩兵を守っているような、普通唱導集の記載とは異質の位取りに、普通はな
るように私には思える。それに対して普通唱導集時代の大将棋に、そもそも
悪狼は無かったと考えさえすれば、一例として私の13×13升目108枚
制普通唱導集大将棋では、龍馬の後ろは、前だけでなく、横にも行けない
猛虎が居るのであって、悪狼のような支えの働きは、猛虎には期待でき無い。
だから、猛虎で、無理に仲人に紐を付けるには、攻めの右角行を、動かす等、
かなりめんどくさくなる。よって、13×13升目108枚制の、私の普通
唱導集大将棋仮説なら、やむをえず竪行前の歩兵を上げた後、竪行自体も上
げ、更に嗔猪を仲人の段まで上げて、相手右角利きを止めるという展開に、
確かになり、普通唱導集の第2節に書いてある事は合っていると思う。
以上の事から、”普通唱導集時代の大将棋が、後期大将棋であった”という
説には、説明の困難な所が複数あるという点だけは、確かだと私は思う。
なお、以前このブログでは、悪狼は”送り狼”という、妖怪の仲間のうち
で、タチが悪く、人間に危害を加える方の類の事、だとの旨述べた事があっ
た。しかし最近この私の説には、はっきりとした根拠が無いばかりではなく、
ひょっとすると、この説明は間違いだったかもしれないと、私は考えるよう
になった。
つまり、なおもはっきりとはしないのだが、ひょっとして、悪狼とは、
鎌倉時代の末期が活躍の極であった、”悪党”という人間集団を指す単語の、
”と”を”ろ”に一音変えた、シャレなのではないだろうかと、私は思う
ようになったのである。つまり、
悪狼は実は、意味合いとしての”横行(人)”の類語ではないかという事
である。それは、平安大将棋の横行の初期位置と、後期大将棋の悪狼の
初期位置とが、何れも中央筋、ないし、それに近い所にあるという、共通
点があるためである。なお、その他の根拠としては、江戸時代に製作され
たものであろうが、大局将棋で、悪狼の成りを”毒狼”という、最後の音
を伸ばさないと”髑髏”になるような名前を成り駒につけ、シャレている
ように見える点を、挙げる事ができると思う。ようするに、
悪狼は、升目が13×13升目から15×15升目に拡張された直後に、
中央部に空きができたために、横行が、中央位置にかつて、二中歴の平安大
将棋の時代に有ったという故事にちなみ、その同義な駒として、3段目の
中央筋から3つ目に、後期大将棋の作者によって加えられたのではないか
という事である。もともと、どんな将棋種でも、その升目数のままで進化
を続けてゆくと、中央部から駒が埋まって行き、中央部には古くからの駒
が存在し続け、新たな駒種を考えなければならないのは、大概は袖の方の
駒のケースが多いはずである。そもそも中央列は、横行が袖に移動した後、
酔象がその位置に加えられ、一旦はそれで収まったはずであった。しかし、
後期大将棋では、升目を急に15升目に増やしたため、その直前の進化で、
中央部に、空きができてしまったのではなかろうか。それで、もっともら
しい駒で、空升目を埋めなければならなかった、ような事情があると思う。
つまり、後期大将棋では、先祖帰りあるいは、いにしえにちなむような、
後で考えて追加したように、かなり疑われる悪狼という駒が、中央部に
存在する。そのため、この将棋が15升目になったのは、それが成立する
直前だったのではないかと、匂わせているような気が、私にはするのであ
る。(2017/05/22)
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