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欧州でチェス駒起源がイスラム帝国頃のシャトランジ駒とされた理由(長さん)

以下は、私の考察ではなくて、将棋史研究家の増川宏一氏から11月22日、
東京都千代田区の日比谷図書館での、講演会で私が聞き取った情報である。
 欧米のチェス史研究家は総じて、前に紹介したサマルカンドの、サーサン
朝ペルシャの軍隊を模した西暦750年頃作の、シャトランジ系の具象駒の
発見まで、アラブ・シャトランジの単純化された抽象立体駒が、チャトランガ
の形と信じていたと聞いている。11月22日、増川宏一氏から、欧州のチェ
ス史研究者が、誤ってそのように認識していた理由について、11世紀頃の
欧州出土の古チェス駒を使い、説明を聞き取ったので以下紹介する。
 我々は、いわゆるチェス駒として、ボーリングのピン状の駒を、普段イメー
ジする。が、少し詳しい人間なら、その他いろいろな形があり、美術品的価値
の有る、具象的チェス駒も存在する事を、知っているはずである。つまり、
現在のチェス駒には、立体型であるという点では一定だが、形としては、
結構いろいろなバリエーションがあるという事である。
 しかしながら、出土品を調査していた、チェス史の研究者は、

11世紀の頃のチェス駒は、基本的に皆、アラブ・シャトランジ型の単純駒
を基本形とする、表面だけ飾った立体駒である

と、認識していたと言うのである。増川氏より、数枚のスライドで、私も
11世紀ヨーロッパで出土した、原始チェス駒の写真を見る事ができた。

確かに全部、基本形がアラブの駒と同じのよう

である。ただし、装飾は凝っていて、人間が2人レリーフされた数センチの
駒には、0.1ミリメートル程度の大きさの、目やまつ毛までが彫って有る。

「この写真、ここでの公開が始めてである」

と、増川宏一氏は述べていた。私以外に当日、60人位聴講者が居たが、
見たのが、後世この60人だけだったという事が、有ってはならないよう
な気がした。
 なお、当日本題は前に紹介したが、「将棋(江戸時代の)大橋(本家)
文書の解説」だった。「碁打ち将棋指しの江戸」という表題の、同じく
増川宏一氏の成書と、講演内容を照らし合わせて、本ブログに関連する
点があれば、追加で報告したいと考える。
 また講演会の会場に、「東京都新宿区高田馬場3丁目の東京富士大学
本館141教室で、2017年11月25日土曜日の13時30分から
16時まで、出欠の連絡先を、遊戯史学会事務局の、増川宏一氏とする、
日比谷図書館の作成した、大橋家文書の講演会のパンフレット等による
と、現在会長も増川宏一氏の、遊戯史学会第28回例会ただし、講演を
聴くだけなら事前予約不要(席が無くなっても保障はしない)、参加費
500円」という、イベントのチラシが置いてあった。何もかもを増川
宏一氏一人でやっているともとれる、この奇妙な所のある文書(もんじょ)
を一枚、私も持って帰って、家で読んでみた。
 盤双六の古ルールについて、双六手引抄を中心に、草場純氏による、
総集編的な解説が、あるらしいようである。盤双六の研究者にとっては、
稀少な情報入手の機会かもしれない。(2017/11/23)

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