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日本の駒数多数将棋で、大大将棋だけ麒麟が右、鳳凰が左なのはなぜ(長さん)

将棋纂図部類抄の、大大将棋の成り駒の図が、左右間違って作成されて
いるのは、良く知られている。通常は、元駒の初期配列図が正しく、成
り駒の配列図が、鏡像左右逆と見るのが普通だが。元駒の配列図の方が、
裏返しだったのではないかと、疑われる事も有るようだ。本ブログでは、
象戯図式等でも、”将棋纂図部類抄は成り駒左右逆”の解釈なため、今
の所は通常通りの解釈で行くことにする。鉤行が右、天狗が左に有るの
は、日本将棋と、同じパターンである。
 他方、大大将棋の初期配列が裏返しではないかと、疑われる根拠とし
て、表題の、麒麟と鳳凰の左右逆の問題がある。日本の将棋で、麒麟が
右に来るのは、私が知っている限り、大大将棋だけである。そこで今回
は、その理由について考えてみる。
 そこで、回答を最初に書くと、

大大将棋の作者が、金翅鳥と鳳凰を、似た者同士と見て、鳳凰の成りを、
たまたま大大将棋で、金翅にしたため

だと私は思う。大将棋系のゲーマーは、だいたい麒麟の位置に注視する
傾向がある。大大将棋は別だが、獅子に成る事が多いためである。しか
しながらたまたま、大大将棋の作者は麒麟よりも、鳳凰に関心があった
のではないかと、私は思う。中国の神鳥にゆかりの地に、大大将棋の作
者は、たまたま、住んでいたからかもしれない。鳳凰の成りは、大大将
棋の製作年が、悟られないように、最初から奔王から変えるつもり、で
はあったのだろうが。同じ神鳥の語呂の良さから、

大大将棋の作者は、鳳凰の成りの方を、麒麟の成りより先に考え付いた

に違いない。次に、大龍の駒のルールを、たまたまだろうが、金翅の、
ほぼ90°回転にする事を、思いついたのであろう。大龍は画像が、幅
広のイメージであるから、横走り駒にしたのだろう。その結果、金翅は
縦走りになったとみられる。後期大将棋の初期配列を参考に、元駒でも、
大龍と金翅を作り、中央列に置いてみた。
 そこで彼は、鳳凰と麒麟を比べたとき、成りが強い駒の方が、格上で
あり、全体としても大大将棋では、

鳳凰の方が麒麟よりも価値が上であるとみなし、結果、そのため日本の
習慣に従い、左に鳳凰を置くことにした

のではないかと私は思う。つまり大大将棋だけ、鳳凰を先に、左に
置いた結果

麒麟の位置が、他の将棋とは逆に右になってしまった

と私は考える。ただし鳳凰を、実際には大大将棋より先に成立したとみ
られる、摩訶大将棋の鳳凰の成りの、奔王の前升目に置き、成立時代が
新しい事を匂わせてしまったのは、うっかりミスだったのかもしれない。
 ちなみに、大大将棋の中央列は、下から玉将、近王、大龍、金翅、前
旗、歩兵と並んでいて、強い金翅が、大龍よりも前出しである。これは、
中央列はさておき、袖の方の、摩訶大大将棋等の、駒の配列とパターン
は、いっしょだ。
 ただし、考えてみると、それは後期大将棋の中央配列、玉将、酔象、
獅子、奔王、歩兵とは、有って居無い。奔王と獅子は、どちらかと言う
と獅子の方が上だが。走り駒を前列に出す傾向のある、大将棋では逆転
する。つまり、大大将棋と後期大将棋では、中央列の配置が、
大龍と金翅、獅子と奔王とで、強さという点では、逆になっている。
 そこで、話は大大将棋に関する事ではなく、後期大将棋に関する事な
のだが、

この後期大将棋の配列の歪は、獅子が普通唱導集時代の大将棋には、
そもそも元駒としては、存在しなかったことを、やはり示唆

しているのかもしれないと、私は思う。
 さて話を大大将棋に戻すと、麒麟に注意が行かず、鳳凰の方に、より
注視しているように見える、大大将棋の作者が、ヘビーゲーマーとは、
繋がりが薄い人物である事は、明らかだと思う。やはり、本ブログで既
に述べたように、大大将棋は、将棋を比較的良く、知ってはいるものの、
もともとは、習字の先生であるような人物が、作成した将棋の疑いが、
かなり強いのではないかと、私は、鳳凰と麒麟の配列からしても予想す
るのである。(2018/01/09)

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