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時刻表記法の36禽。日本での定着、摩訶止観よりと特定できる(長さん)

前に述べた通り、虎関師錬の異性庭訓往来の”将棋は・・”
の36禽は、元ネタが天台宗の主要仏典である、摩訶止観に
記載されているのを、持ってきた疑いが強いという事が、
南方熊楠の随筆から判ってきた。
その後調査すると、小学館(1972)の国語大辞典に、対
応する、摩訶止観の文面が、次のように載っていた。

又一時為(レ)三。十二時即有(二)三十六獣(一)。寅有
(レ)三。初是貍。次是豹。次是虎。

この文の摩訶止観の中の記載位置は、私には正確には判らな
い。が、”(七章)正観(ニ.)煩悩境”の当たりらしい。
所で、東京堂出版(1980)の”名数数詞辞典”森睦彦著
には、三十六禽または、同じ意味だそうだが三十六獣の意味
が書いてあった。すなわち、

今のニ時間に当たる、いわゆる”いっとき”に対して3獣づ
つ配当し、時間の名前として使う。仏教上の使用方法であり、
対応する獣はその担当時間の間中に、修行をする仏教行者に、
悟りを開かせないように、邪魔をする悪獣である

との旨だった。
 個人的には浅学の私には、このような”いっとき”を三分
割する時制表記には馴染みが無かった。が、江戸時代に上刻、
中刻、下刻という、2時間すなわち、”いっとき”について
の分割用単語は、過去耳にした事が有った。従って、それと
関連しており、これだけから摩訶止観だけが、36禽に結び
つくのかどうか、いっけんすると疑問と思えた。そこで今回、
その点を調査してみた。よって今回は、以上のように、

ニ時間に当たる”いっとき”に3獣づつ配当し、36禽時制
表示をするという情報が、虎関師錬にとって、摩訶止観から
しか得られないのかどうか

を論題とする。
 結論を書いて、後で説明を加える。

得られにくいとみられる。理由は、わが国の中・近世の時制
では2時間に当たる”いっとき”を4分割する制度が、定着
しており、3分割法は、特定の法典に書いてある程度の、か
なりマイナーな、なんらかの大陸からの伝来情報と見られる

からである。
 では、以下に説明を加える。
 中国・唐代の暦や時制を導入したわが国の時制・漏刻制度
では、12支名で1日を分割する、2時間単位の定時法、
いわゆる”いっとき”という言い方の分割方法が取られた。
ここまでの12分割は、48へ細分割しようと、36へ
細分割しようと同じである。しかし、それを更に、

3分割するのではなくて、2分割2分割して、ほぼ4刻で、
1辰刻つまり”いっとき”、つまり正確に2時間とする、
30分に近い単位の分割方法が、王朝時代から江戸初期まで
続いた。

つまり、40分単位法は、正式な精度としては、取られた事
が無いのである。
 また、江戸時代は更に2分割して8分割し、15分の8倍
が、”いっとき”のパターンになった。ただし天保暦から、
幕末までは、定時法のこの時刻表記が、正式に不定時法の
時刻表記に、援用されたと言われる。
 つまり、2の倍数の分割法の方が、頻繁にわが国に伝来し
ていたと、見られると言う事である。

だから、日本の古代末期から中世の、特に知識人の感覚に、
基本的に2時間すなわち”いっとき”を3つに分けて、40
分づつ単位で、時間を考える習慣も、他人に薦める事も無い

と見て取れる。
 なお、陰陽道占いの”六壬式盤”に36禽が書いてあると
するサイトも見られる。が、同じweb上にある”復元模型”
を見る限り、24分割しているように、私には見える。
 だから、36禽の元になったと、この場合はかなり疑われ
る、摩訶止観の元である中国仏教(エジプト起源の天文学の
影響を受けた、台密系か?)には、40分で36禽の動物を
対応させるやり方が、どうやら、正式ルートで入ってくる
中国からの、暦文化とは別に有って、情報流入量は、少なかっ
た(細かった)とみられる。恐らくは、日本にもたらされて、
少なくとも広がった情報は、摩訶止観に書いてあっただけと、
事実上特定できるのではないのか。ちなみに具体的には、
以下のような36禽が有ると、”名数数詞辞典”には、書い
てあった。

子:猫、鼠、蝙蝠
丑:牛、蟹、鼈
寅:狸、豹、虎
卯:狐、兎、狢
辰:竜、鮫、魚
巳:蝉、鯉、蛇
午:鹿、馬、麋
未:羊、雁、鷹
申:尾長猿、猿、猴
酉:鳥、鶏、雉
戌:狗、狼、豺
亥:豚、契蝓(あつゆ)、猪

”名数数詞辞典”では、説明が実際には寅から始まって、
丑で終わっているので、出典はこれも、摩訶止観に、ま違い
ないと見られる。
 将棋駒の名前には有る、12支に無い生き物がかなり有る
が、現存の摩訶大将棋の動物駒の様子は、本ブログが、蝙蝠
を本来の摩訶大将棋の駒と見て居無いために、”熊”が無い
分だけ、わずかに雲南博物館の闘争動物種彫刻との相関の方
が、高いように見える。
 元に戻すして繰り返すとつまり、

天台宗の経文、摩訶止観位にしか、2時間=”いっとき”を、
3分割する方法は書いてないマイナー情報なので、4分割法
と違い、日本では前者が、中世までに普及した形跡は無い、

のである。
 そして、近世に使われた、上刻・中刻・下刻は、江戸時代
には、

天台宗が強かったので、確かに36禽思想の影響で、現われ
た言葉と認められる。

だが、実際には、上中下で”いっとき”を3分割し無かった
そうである。つまり”いっとき”4分割の源になる、2分、
2分流が強かったために、時間の区間名ではなくて、上刻と
中刻が、それぞれ、現在の偶数時0分、奇数時0分の時刻の
切り目の意味で使われ、下刻は意味をなさない等、

判然としない定義で使われただけだ

と、”暦の大辞典”、朝倉書店、岡田芳朗他(2014)に
載っている。出所のスジが細く、天台宗の教義位しか、出典
が無い証拠と本ブログは見る。なお、(1)3分割法なのに
2分割法に、用語を代用してしまった混乱のほかに、(2)
1時間、対応名称が過去側にずれ、上刻と中刻がそれぞれ、
現在の奇数時0分、偶数時0分の、むしろより正しい意味で、
使われたり、(3)それを定時法ではなくて、不定時法に、
更に転用したり、以上、
(1)~(3)の3通りの混乱が重なってしまったと言われ
る。そのため暦学者で、囲碁の強豪棋士の、渋川春海から、
”使わない方が良い”との指摘がなさせる事もあったようだ。
 つまり、

36禽の思想は、江戸幕府内の天台宗の隆盛で、江戸時代に
は、上刻、中刻として有る程度、それに影響を受けた言葉が
発生したにも係わらず、明治維新まで、遂に定着しなかった

という事らしい。
 なお、中世には上刻、中刻・・は無かった。つまり”いっ
とき”はだいたい4分割、正確には藤原道長も使った、宣明
暦のダイヤリー付き具注暦は、十二支で表される”いっとき”
は、近年の研究で、刻の単位に4+1/6分割されていた
そうだ。(追記参照)
 だから日本の上流階級の中に文化として定着していない、
いっとき=3禽思想は、36禽という言葉自体が、流布して
いたとしても、意味が曖昧で、古代と違い、朝廷の力が衰え
た日本の中世には、

天台宗の経文、まさしく摩訶止観に詳しい、僧の虎関師錬位
しか、意味を正しく知りえるはずの無い情報

に間違いなさそうだ。
 よって、”いっとき”を4分割程度する文化しか、そもそ
も普段は彼自身も使わない、異性庭訓往来の著者、虎関師錬
の頭の中には、”・・36禽の獣の列位を象り、多いのは”
と記載したときには、”摩訶大将棋”という単語が、恐らく
浮かんで居たことは、今の所かなり確かなように私は思う。
(追記)
 日本の時制については、個人的に若い頃に何冊かの成書を
読んだ事があった。が研究がその後進んで、”いっとき”=
4+1/6分割法というやり方が、公家の日記の暦(具注暦)
では取られていた事が、今回勉強しなおしてみて判った。
成書は前述の”暦の大辞典”、朝倉書店、岡田芳朗他(20
14)に詳しい。ただし、この著が漏刻制度をメインの論題
にはしていないため、説明が論文の写しであり、租借が無い
ため、文章がやや判りにくい。
 ようするに藤原道長といった具注暦のユーザーは、次のよ
うな時計を使っていたのだ。
 一日を十二支名で12に分ける。ただし、子は前日の23
時から翌日の1時までの二時間、丑寅以下、これに習う。
 ”いっとき”を25分に分ける。0分から6分までを、簡
単に言うと第0刻、6分から12分までを第1刻、12分か
ら18分までを第2刻、18分から24分までを第3刻、残
りの1分、24分から25分だけを第4刻と呼び、頭に時刻
の十二支名を付ける。
 だから、今と違って、1分は4分48秒間になり、第3刻
までは、中世には1刻が28分48秒、第4刻だけ4分48
秒の長さだった。
 たとえば”草木も眠る丑三つ時”の丑三つ時(丑3刻0分)
は、実は近世では無くて中世の日本語であって、今の日本語
の、午前2時26分24秒の意味と言う事になる。
 以上の事から、各いっときの5番目の第4刻は、他の1刻
の1/6の長さしか無い。一日は12の”いっとき”に分け
たので、刻は第0刻から第3刻という正常な、28分48秒
の合計48の刻と、その1/6の時間、4分48秒しかない、
12の第4刻から成る。1/6は12倍すると正常な2刻の
時間の長さである。
 よって結局の所、正常な第0刻から第3刻までの時間28
分48秒を単位として考えると、一日は、平安時代から室町
時代前後の、日記用暦の具注暦では、50”正常刻”に分け
られていた。ちなみに、江戸時代には、”いっとき”が、
初刻と正刻に2分割されて1/2の時間の長さ、今の一時間
と同じ時制が生まれ、刻も1/2化されて、1刻イコール、
現在の時間で14分24秒になった。これにより、良く聞く、
”昔の定時法の1日は、100刻分割”という制度が、実は
昔の説とは違って、近世になってから、始めて現われたと、
現在の研究では考えられているそうだ。(2018/12/23)

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