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新安沖沈没船内でモンゴル密偵が居ても大将棋を指す方法(長さん)

以前述べたように、本ブログでは、13升目型と見る
本ブログの普通唱導集大将棋が、敵国降伏の呪術的意味
を込めたゲームであったと見ている。そのためモンゴル
帝国所属の船員が乗る、呉越同船の新安沖沈没船の中で、
同系列の15升目130枚制後期大将棋を指すのは、そ
の20年程度前に、モンゴル帝国降伏将棋を指した経緯
があるとすれば、困難ではないかと述べた。
 しかし、そのときも言及したように、13升目108
枚制の本ブログの仮説普通唱導集大将棋と、既存の15
升目130枚制の後期大将棋とは、一応別のゲームであ
る。従って、仮にモンゴル帝国の密偵に、普通唱導集大
将棋が、”破壊防止法に違反するゲーム”という事が
判っていたとしても、後期大将棋には、要素が無いから、
単なる娯楽と、言いくるめる方法は、絶対に無いとは言
えないのかもしれない。そこで、少なくとも理論的に、
そのようなゲームが構成可能かどうかについて、以下に
考察してみる事にする。
 思考経過で重要なポイントと、結論を先に述べ、その
後で説明を加える。

後期大将棋の4段目に、日本国を守る龍王が駒として存
在しなければ、敵国降伏の要素が抜ける。
 龍王を除いて、1段上げた獅子と狛犬、奔王を並べれ
ば済む。

では、以下に説明を加える。一例として、新安沖沈没船
内で指せる将棋は、上段の後期大将棋から、龍王×4、
猫叉×4を除き、狛犬×2を加えた、下段の初期配列の
将棋となる。

15升目130枚制後期大将棋の初期配列(下5段、以下同):
口口口口口口口口仲人口口口口口口口口口口仲人口口口口口口口口
歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵
飛車飛龍横行堅行角行龍馬龍王奔王龍王龍馬角行堅行横行飛龍飛車
口口猛牛口口嗔猪口口悪狼麒麟獅子鳳凰悪狼口口嗔猪口口猛牛口口
反車口口猫叉口口猛豹口口盲虎酔象盲虎口口猛豹口口猫叉口口反車
香車桂馬石将鉄将銅将銀将金将玉将金将銀将銅将鉄将石将桂馬香車

新安沖沈没船(仮称)124枚制龍王無狛犬後期大将棋の初期配列:
口口口口口口口口仲人口口口口口口口口口口仲人口口口口口口口口
歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵歩兵
飛車飛龍横行堅行角行龍馬獅子狛犬奔王龍馬角行堅行横行飛龍飛車
口口猛牛口口嗔猪口口悪狼麒麟口口鳳凰悪狼口口嗔猪口口猛牛口口
反車口口口口口口猛豹口口猛虎酔象猛虎口口猛豹口口口口口口反車
香車桂馬石将鉄将銅将銀将金将玉将金将銀将銅将鉄将石将桂馬香車

なお、猫叉は、妖怪”ねこまた”の漢字表現が、西暦
1323年時点の、徒然草の時代に確定していないと見
たため、取り除き、下段の将棋では、盲虎を猫叉動きの
平安大将棋の猛虎に戻している。
 前に述べたとおり、この124枚制の大将棋は、
本ブログの基本進化の見方と、次の点で

全く合致していない。

すなわち、悪狼、猛豹、猫叉が全部加わってから、自陣
5段目配列に”膨ら”んでいない。
 しかしながら、そもそも潰れたまま、悪狼、猛豹、
猫叉が全部加わり、ついで自陣が4段目から5段目に膨
らんだと、以前考えたのは、

奔王を左辺の香車の位置に移動させて、端攻めしたとき、
攻め駒が爆発的に消耗する欠陥があるため

である。
 ところが、配列を見てもらえると判るが、この問題は、
そもそも、後期大将棋で奔王が、4段目中央に居るから
起こるのであり、盲虎の横動きを無くしてから、

奔王を元の右龍王の位置にシフトさせても、ほぼ防げる

のである。
 しかも、このモデルの利点は、神奈川県鎌倉市の
今小路西鎌倉市福祉センター遺跡発掘の中将棋木札に、

”しろいぬ”が書かれている理由をも、説明し得る

と点も有る。つまり大将棋に、予め狛犬が有ったために、
獅子に関する特別な規則による、合否判断の問題で、
鎌倉市今小路西御成小学校遺跡の鎌倉時代のゲームセン
ターにて問題が起こり、獅子を取り除いて、狛犬を入れ
たいときに、予め狛犬が存在しているという利点がある
と言う事である。
 さて、ここから後が、これで新安沖沈没船内に同船し
ている、モンゴル帝国の密偵に、ゲーム内容が怪しまれ
ないと考えられる理由である。
 そもそも、13升目108枚制の本ブログに関して、
モンゴル帝国の密偵に、モンゴル帝国降伏の呪術ゲーム
だと、バレてしまうゲームルール上の、特に初期配列や
駒の構成に関する要素は、次の3点であるとみられる。

①2段目に太子成り酔象が有って、麒麟と鳳凰を両側に
付けており”釈迦の仏教が守護する国”である事を、示
している。
②おなじく2段目に、牛、虎、龍、猪駒が有って”鬼門
から来る鬼を退治する事”を表している。
③3段目に龍駒が4枚並んで有り”龍神がモンゴル帝国
の侵略に、神界にて対抗する国”である事を表している。

大切な事は、①につしては、麒麟、鳳凰を2段目から3
段目に移動させて、そのイメージを薄め、更に、
牛~龍は、龍を4段目に移しただけでなく、2~3段目
動物駒を、肉食が強いものを中央に、草食系の弱いもの
を袖に置くという、闘獣棋や、中国黄河文明時代の、将
棋の伝説に則って、配置変えたため、

①と②については、後期大将棋とその類では、元々問題
が回避されていた

という点である。つまり、

③の問題だけ、残っていたと言う事

である。だが、③の点についても、龍そのものを示す、

龍王を、要素から外してしまえば、龍馬は馬なので、
モンゴル帝国に敵対的な将棋と証拠そのものが消滅

してしまうとみられるのである。だから後は、モンゴル
帝国降伏将棋が指されていたのは、西暦1300年まで
であり、今は西暦1323年だから、23年前の昔話と
言いくるめれば、モンゴル帝国密偵に対しての、言い訳
として、成立しないとまでは言えないと言う事ではない
かと、私は思う。
 確かに、後には少しゆり戻して、西暦1380年頃に、
後期大将棋になったとしても。西暦1320年頃から
西暦1350年頃までは。異性庭訓往来に記載されてい
るように、

いろいろな将棋が試行される混乱期だった

と考えれば。偶然西暦1380年の57年程度前に、
後期大将棋にやや近い、15升目124枚制の、
本ブログの普通唱導集大将棋と後期大将棋の中間形で、
15升目、自陣段、中間段、相手陣段の等間隔な将棋が、

一時的に有った位の所までは、ひょっとしたら許される
のかもしれない

とは言えるかもしれないと、私には思われたのである。
(2019/07/11)

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