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タイのマークルックは何故滅びなかったのか(長さん)

本ブログによれば、日本に7世紀~10世紀の間
将棋文化が無いのは、イスラムシャトランジ及び、
象の飛龍動きを銀に替えた、東南アジア系古将棋
が、それとは別に有ったとしても、何れの場合も
単調に、終盤に玉を飛車で追うゲームとなると、
日本人が中国人知識人に聞き、また少数の者が、
自ら体験して知っていて、

ゲーム性に難があると理解して、流行らなかった
からだ

という事になっている。
 ところで、ミャンマーのシットゥインは、両陣
の配列が自由なため、飛車駒が最後に残りにくい
陣を、指し始め前に選択して、上記問題が解決さ
れているとみられる。しかし、表題のタイのマー
クルックには、イスラムシャトランジ等と違い、
兵が3段目であるため、条件が全く同じとは言え
ないが、日本人が、

駄目なゲームと烙印を押した、性質は残っている

とみられる。仮に、日本人に比べて、タイの人間
が、ゲーム性能に関する、選択感覚に於いて、劣
る事が無いとして、日本人が、駄目だと判定する
ゲームが、何故タイでは、現在まで滅びずに残っ
ているのか。本ブログの論に、論理矛盾が無いの
かどうかを、今回は論題とする。
 回答を先ず書く。

タイのゲーマーによって、陣固めをしたゲームだ
けを指すように後進が教育されたため、ゲームの
難点が出やすいマークルックが、指されにくい状
態になった事によって、現在まで滅びずに残った

と考えられる。
 では、以下に論を続ける。
 とりあえず、この問題を考える際、岡野伸氏の
マークルックに関する情報が正しいと仮定しよう。
 彼の著作物によると、問題の点と関連すると見
られる情報については、以下の旨が、記載されて
いる。

1)マークルックのゲーマーは、棋力の違う人間
とは、余り指したがらない。
2)序盤で駒組がしっかりしていれば、難の出な
いマークルックになる。
3)駒が減りすぎると、ジリ貧という一方的な
状態で無ければ、だいたい引き分けになる。

1)は、棋力というよりも、急戦を好む棋士を、
マークルックの棋士は、だいたい嫌っていると、
一応疑える

ように、少なくとも私は考える。
どんなマークルックを指しても良いのなら、指す
相手の選択というのは、余りしないように思う。
よほどの初心者を問題するので無ければ、途中で
強い側が緩めて、ゲームを面白くすれば、済むだ
けのはずだからだ。

マークルック初期.gif

 マークルックというゲームには難が有り、

兵が高配列されている特性をきちんと生かすよう
な指し方を、マナーとして、出来ない相手と余り
ゲームは、しないしきたり

が何時の時代にもあった。それで、ゲームの弱点
がカバーされた結果、皆に呆れられて、指されな
くなるような結果に至らなかったと、私は今の所
考える。そうすれば、本ブログの、日本に7世紀~
10世紀に将棋が無い理由の論に、

致命的な難点は、一応生じ無い

ように、私には思えるからである。
 なお、シャトランジ自体が完全に滅んだわけで
は無いが、インドではインドの今に残るチャトラ
ンガおよび、インドのシャトランジは、西洋チェ
スに押されている事。インドネシアのチャトルは、
元々はインドの今に残るチャトランガと、類似の
ゲームだったが、今や西洋チェスの、現地用語に
なっていると、少なくとも私は聞いている。ので、
インドとインドネシアについては、本ブログの、
日本に7世紀~10世紀に将棋が無かったと同じ
理由で、今に残るチャトランガ系は、衰退してい
ると見れば、これらの民族は、日本人のゲーム性
認識のレベルと同等と仮定できて、本ブログの仮
説には、矛盾がないと言えると考える。
 また、エチオピアのセヌテレジは、イスラムシャ
トランジの生き残りである。が、陣を組みきるまで、
交互に着手せずに、自由にシットゥインのように
組み替えられるルールである。だから、車余りの
終盤になるようなゲームは、ミャンマーのシットゥ
インと同様なやり方で、避けられると見られる。
ので、エチオピアのチェス類ゲームに関しても、
矛盾は起こらない。
 以上の結果から今の所、タイのマークルック
についてだけ、ゲーム性のチェックに関して、
公平性を疑うという、やや無理な議論をしなけれ
ばならないだけである。他の地域の古典的チェス
ゲームの残存状況と、日本の将棋の隆盛時期に関
する仮説との間に、大きな矛盾は一応無いように、
私には思える。(2019/08/16)

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