SSブログ

吉備真備は、元々兵法学者(長さん)

遊戯史研究では、吉備真備は囲碁に強く関連し、
将棋は伝来させていないが定説である。つまり、
ゲームに関連性のある人物ではある。他方本ブ
ログでは、暦学者と、陰陽道師と、遊戯史学者
の3人力と紹介した。専門の人物解説書かつ
入門書的な成書で、次の宮田俊彦氏の著書
(吉川弘文館、1961年)に、”兵法が特に
強かった”との証拠が書かれている。

人物叢書”吉備真備”。

よって、

将棋が有れば、強い関心を抱くような人物

だったと結論できる。
 では、紹介を始める。
 最初の遣唐使としての彼の入唐の際に、書物
を除いて持ち帰った物品のリストが、前記成書
には書いてある。
①測影鉄尺(天体観測器具)
②銅律管(楽器類)
③鉄如方響(楽器類)
④写律管声十二条(楽器類)
⑤弦巻漆角弓(武器)
⑥馬上飲水漆角弓(武器)
⑦露面漆四節角弓(武器)
⑧射甲箭20隻(武器)
⑨平射箭10隻(武器)
なおこの後、宮田俊彦氏は”吉備の職階が上がっ
たとき、大概は軍事的な手柄であった”との旨
を、前記成書で述べている。
 遣唐使として、現物のサンプルを持ち帰った
物品のうち、武器が半分を越え、

吉備真備が、元来兵法に詳しかった

と推定できるだろう。なお、①の測影鉄尺から、
当時から、回帰年の長さの精密な測定が、絶え
ず必要だという事が判る程度に、吉備が暦に詳
しかった事も判る。
 以上の事から、囲碁と将棋が並んで置いてあ
って、強いてどちらか一方を取れと言われたら、

吉備真備は、従来の大江匡房の紹介イメージと
はかなり異なり、将棋を取るような性格の人物

と、言えるのではないかと、私は疑う。
 やはり、

『吉備は兵法関連で、イスラムシャトランジを
持ち帰ったが、それは今の将棋では無い』とも
とれる本朝俗諺誌の”俗説”は、本当の話

なのではないのだろうか。
 藤原仲麻呂の為に左遷された吉備真備は
960年頃、藤原仲麻呂指示で、幻の新羅征伐
の準備を進めていたらしい。が、左遷の割りに、
兵法の知識人として、ずいぶんと活躍したよう
に、上記成書には書いてある。

適材適所起用であって、通説の左遷では無い

のかもしれない。
 何れにしても、吉備真備は絵巻物を見ると、
平安貴族風だが。元来は兵法学者のような、
ごっつい顔をしていたと、少なくとも上の成書
からは読み取れる。(2020/01/31)

nice!(1)  コメント(2) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 1

コメント 2

middrinn

四道将軍の吉備津彦命の末裔で実は武人の家系だったりして(^_^;)
紀貫之が元々は武人の家系だったのに歌人として有名なように^_^;
by middrinn (2020-01-31 08:40) 

df233285

middrinnさんの御指摘の通りです(長さん)

本文中で書き忘れましたが、増川宏一氏は将棋Ⅰに、
”吉備真備の一族自体は、将棋の伝来に関連しそうな
性格がある”との旨、記載しています。
by df233285 (2020-02-01 07:04) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。