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何故平安大将棋に鉄将前飛龍の変種が無い(長さん)

今回は、かなりプリミティブな話題である。
その為二中歴に、平安大将棋の初期配列が、
ごたごたと、文章で記載されていると見るの
が自然だが。このゲームの初期配列は、必ず
しも覚え易いとは言えない。

2段目の配列の空升目が交互の方が記憶容易

なのは明らかである。
 こうならないのは、飛龍が桂馬の前段であっ
て、鉄将の前段に無い為なのだが。そのよう
な変種が平安末期に、何故生まれなかったの
かを、ここでは問題にする。回答から書く。

鉄将前の歩兵を、桂馬を出す為に上げると、
相手の飛龍で只取りになるから

である。
 では、一応説明を以下に加える。
 本ブログでは、平安大将棋の成立を西暦
1110年頃、その解説書として、懐中歴や
その他の”手帳”の類が成立したのは、早く
て西暦1170年頃だろうと見る。なお、以
前に、懐中歴に平安小将棋が書かれていても、
平安大将棋は無かった可能性を、示唆した事
があった。確定は困難だろう。何れにしても
つまりは、

その間に60年有ると見るので、伝承が安定
であるという証拠は無い

とは言えるだろう。
 ただし、2段目を中央から、横行、猛虎、
飛龍、奔車にするというのは、間違えないだ
ろう。横行と奔車が中央と端にそれぞれ有る
と言うのは、五行に従った走り駒を作るため
と見れば、覚えられ、また虎と龍は、四神な
いし、元々有る馬を除く十二支のうちで、自
明に戦力になりそうな動物だからである。
 問題は冒頭に述べたように、金将前が空き、
銀将前が猛虎、銅将前が空きなら、鉄将前に
飛龍を持ってくると勘違いしないか、どうか
だけである。
 しかし、桂馬を動かすために鉄将前の歩兵
を上げるのは、手として自明だから、それが
相手の飛龍で只取りなら、明らかに初期配列
としておかしいと、気がつくだろう。だから、
いっぺんまともに平安大将棋を指すと、飛龍
は桂馬の前に配列するように、自然になると
思える。これなら、二中歴に記載された、
平安大将棋の初期配列は安定だ。
 なお先に飛龍道を開けるために、銅将前の
歩兵を、互いに上げただけの状態だと、

仮に、飛龍が隣接する斜めの升目は、通過し
なければならないルールだとすると、桂馬前
の歩兵が、先手に只取りされる

可能性もある。
 本ブログでは、”超越”と二中歴に表現し
たので、誤伝してそのようなルールになった
と、平安大将棋の飛龍の駒の動かし方ルール
を、これまでは論じてきた。しかしながら、

飛龍と猛虎は、平安大将棋では元々対駒だっ
たので、元ルールも、飛龍は猛虎とは反対に、
隣接斜め升目には行けない駒

と、最初から表現されていたのかもしれない。
 そのケースには、初期配列で鉄将前に飛龍
が有ると、

桂馬前の歩兵が浮き駒になるので、一つ置き
配列は、益々都合が悪くなった

のかもしれない。何れにしても、一回まとも
にゲームしてみると、鉄将前の飛龍配列では、
平安大将棋の場合都合が悪かったので、二中
歴から解釈できるような、3段目自陣型平安
大将棋に、西暦1100年~1140年の間、
自然に戻ったのであろう。その後は、4段自
陣型も発生して、多少のふらつきが出て、更
にその後に二中歴に、ゲーム自体が記載され
るようになったのだろう。以上のように本ブ
ログでは今の所、考えているのである。
(2020/11/13)

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