新安沖沈没船出土駒は総数数十枚(長さん)
最近web上に公開されたと見られる、九州大学
の学術情報リポジトリに、西暦1323年頃韓国
沖合で沈没した、京都の東福寺チャーター船に
積載されていた、日本人船員用遊戯具とみられる、
12枚のスケッチ図で著名な、平安小将棋とみら
れる将棋駒遺品に関して、恐らく破片も含めて総
数が、数十枚であるとの旨、それ自身は又聞きと
みられる情報が開示されているのを、本ブログ管
理人も、やっと気がついたので今更だが報告する。
九州大学の学術情報リポジトリの書誌は、判明
している点について、以下の通り。
九州大学学術情報リポジトリ/新安海底発見の
木簡について(続)、西谷正、九州文化史研究所
紀要/31/207-219ページ、1986-
03-25。
その217ページの最初の付近に、「将棋駒の
遺品は元々の数は数十枚」との旨、又聞き情報と
して記載されている。少なくとも、将棋駒セット
が複数乗船していた事は、確かなようで有る。
なお李浩官氏が、1984年に「新安海底遺物
発見」、『文化財』第17号、96ページで、
これらの将棋駒遺物について論じているらしい。
将棋駒の総数が、私が感知していた数よりも、
余分に有る事を知り、遅まきながらその数の多さ
に驚いている。
(2025/02/09)
の学術情報リポジトリに、西暦1323年頃韓国
沖合で沈没した、京都の東福寺チャーター船に
積載されていた、日本人船員用遊戯具とみられる、
12枚のスケッチ図で著名な、平安小将棋とみら
れる将棋駒遺品に関して、恐らく破片も含めて総
数が、数十枚であるとの旨、それ自身は又聞きと
みられる情報が開示されているのを、本ブログ管
理人も、やっと気がついたので今更だが報告する。
九州大学の学術情報リポジトリの書誌は、判明
している点について、以下の通り。
九州大学学術情報リポジトリ/新安海底発見の
木簡について(続)、西谷正、九州文化史研究所
紀要/31/207-219ページ、1986-
03-25。
その217ページの最初の付近に、「将棋駒の
遺品は元々の数は数十枚」との旨、又聞き情報と
して記載されている。少なくとも、将棋駒セット
が複数乗船していた事は、確かなようで有る。
なお李浩官氏が、1984年に「新安海底遺物
発見」、『文化財』第17号、96ページで、
これらの将棋駒遺物について論じているらしい。
将棋駒の総数が、私が感知していた数よりも、
余分に有る事を知り、遅まきながらその数の多さ
に驚いている。
(2025/02/09)
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