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将棋系ゲームの”走駒相手駒升目で取り止る”は何故世界共通なのか(長さん)

二中歴の香車、反車、横行等の駒のルールの記載を見ると、進む升目に
際限が無い事が書いて有るが、相手駒があるときに、そこの升目で、
相手駒を取って、その升目で止まる事が、文献に記載されている訳では
無い。ところが、実際には、この走りは、たとえば、チェスの城(ルーク)
でもルール内容が同じだし、中国シャンチーの”車”でも、日本の香車
と、パターンがいっしょで、世界中で違いがあるとの兆候もない。各国
のゲームがある時点から後は、それぞれ独自に進化したにも係わらず、
この”走りルール”に、

ゲームによる地域ごとのフレが、どうみても起こっていない

ように見えるのは、いったい何故なのであろうか。まずは例によって、
答えから書く。
 この事は、将棋型のゲームが、世界中どこの地域で指されるにしても、

無限級数の計算が可能な、知識人のいる雰囲気のゲーム場でしか、指さ
れた事が過去無かった事を示している

のではないかと、私は疑っている。何が言いたいのかと言えば、

たとえば、ケースバイケースで、走った駒の方が死んでしまう事も有る、
軍人将棋のようなルールに、変質しないようにするためには、相手の駒を
一つ取って、相手のいた位置に進む、というルールの正当性を示す必要が
ある。そしてそのためには、無限級数の演算が、簡単に頭で出来、結果を
ゲーム仲間に説明できるような人間が、数学が必ずしも得意とは限らない、
一般ゲーマーの近くに、たびたび出没している必要がある

と、私は考えていると言う事である。つまり、
そもそも、実際の戦いでは、走った駒が、相手に返り討ちに合う確率が、
概ね1/2あるはずなのである。小駒同士の白兵戦の局面なら、通常の
ルールと、実際の戦場の情景は、多少似て来るのかもしれない。が、
走り駒が走ると”静止していて、それに当たられた駒がいつも死ぬ”と
言う事は無く、実際には半々程度だろうという事である。つまり突撃作戦
については、実戦情景とルールが、必ずしも一致しておらず、言葉だけで
”新人ゲーマー”を納得させるのは、実際には困難なのではないのだろうか。
 にも係わらず、”走ってその手で位置を変化させた方が、特定升目等に
到達したとき、静止して存在した、相手の駒1枚に勝つ事”にきめると、
不合理性が無いというルール論理に、従わされようとしている新人の棋士が、
世界中何処でも、結局は納得してしまって、実際ルールに従っているから、
世界の走り駒のルールは全部、ほとんど同じ、パターンになっている
のである。だから、現実には、
以下のように、相手兵を倒せる数の期待値を計算するための、下記の

走り兵が倒せる敵兵の期待値に関する、無限級数の極限が1になる事を、
各時代・各国で絶え間なく、数学の得意なゲーマー仲間が、新人に
示し続けたと考える

しか、現実に起こってることを、説明のしようがないのではないかと、
私は疑うという事である。

0×1/2+1×1/4+2×1/8+3×1/16+4×1/32・・・

言うまでも無く、この無限級数の計算は、まず次のように変形し、

(1/4+1/8+1/16・・・)+(1/8+1/16+1/32・・・)
+(1/16+1/32+1/64+・・・)+・・・

それぞれの総和極限で、また無限級数を作り、

1/2+1/4+1/8+・・・・

その極限が1になるから、期待値が1なのである。よって、相手の升目
で相手の駒を、升目内の当然1個について取り、そこに走った方の駒が
進めば、期待値に等しい事になる。
 現代人は、長い時間をかけた”教育”により、将棋やチェス、シャン
チーの走り駒のルールは、しかじかだから、それで良いと信じ込んでい
るから、もはや文句が、何処からも出ないだけなのである。しかし、
チャトランガ系のゲームが、実戦の参謀の戦略シミュレーション道具か
ら、ゲームに進化し始めた、たとえば西暦400年から500年の頃
には、走り駒のルールを、将棋型にするか、軍人将棋のようにするかで、
しばしば議論が有ったのではないかと、私は疑う。
 そのとき、近くに数学の出来る人間が居れば、軍人将棋派を、以上の
演算を示して、とりあえず説き伏せる事ができたのではないか。
 逆に言うと、しばしば発生した、チャトランガ系

ゲームの走り駒ルールの”改悪の危機”は、数学という科学文明によっ
て、各国毎に阻止された

のではないかと、私は想像する。わが国の将棋の走り駒ルールも、二中
歴の記載が、かなり雑なものであっても、世界標準と同じもので、あり
続けた。それは逆に言うと、上代後期や中世の僧侶や藤原貴族には、上
記程度の級数計算の数学的能力が、備わっていた事を示しているのでは
ないか。また、

たとえば日本では、将棋を指す棋士の近くに、必ず知識人としての僧侶
等が居た

事を示しているのではないかと私は思う。また各国毎に、チャトランガ
系ゲームというのは常に、知識人の関与がなされるような雰囲気の場所
でしか、現在まで残るゲームに関しては、指される事が無かった事を、
示す手がかりを与える、貴重な痕跡と言える情報だと私は考えるという
事である。(2017/11/12)

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