SSブログ

興福寺出土駒の中に香車が無い理由は、聞香札への転用ではない(長さん)

以前に、本ブログでは、興福寺出土駒1058年物、1098年物
に何れも、香車が無い事、鎌倉時代から南北朝時代にかけての、
全国遺跡出土駒に、新安沖沈没船駒を除くと、小将棋用の香車が少
ない事、近畿地方で、香車駒の出土数の割合が少ない傾向が有る事
等を述べた。その際、福井県の一乗谷朝倉氏遺跡では香車の駒が多
い事から、公家は使っても、武家が聞香札をあまり使わなければ、
香車駒を、聞香札に転用する事が無いため、聞香札等への、将棋駒
の転用によって、香車だけ捨てられにくいのではないかという、論
を述べた。
 しかしながら、最近調べた所、

 一乗谷朝倉氏遺跡の朝倉館では、将棋駒と聞香札が、共出土して
いる

事が判った。文献としては、成書の次の物が挙げられる。

図解日本の中世遺跡 小野正敏他著 東京大学出版会 2001年

上記の書籍に、朝倉館から出土した聞香札として、6枚の図が載っ
ている。

裏一文字(以下同様)春一駒。裏秋一駒。裏秋二駒。裏秋う駒。
裏花う(?)駒。裏花叶駒。

以下の成書によると、上記は室間時代から続く、”十種香”(香
当てゲーム)用の札だという事である。

香の本(増補版) 荻須昭大著 ㈱雄山閣 2017年

 上記の成書の解説を読む限りの、以下は私の印象であるが。
ゲーマーのレベルは進化したが、ゲームの仕方自体は、将棋などと
は異なり、聞香については、室町時代と今とで、ほとんど変化が
無いようだった。なお、駒はほぼ長方形であるが、他と区別する
何らかの必要性があるのか、裏一文字秋う駒だけ、五角形で、将棋
駒の外見と、良く似ている。
 何れにしても、それなら香車が捨てられないはずの、朝倉館から
香車駒は、不足無く出ているから、

聞香札に使うため、香車駒だけ、捨てられなかったという以前の
仮説は、間違いの可能性がある

と言う事だけは、確かだとみられる。
 そこで、だいぶん前置きが長かったが、今回は、では興福寺出土
駒に、香車が無いのは何故かと、再度問うこととする。
結論を書く。

将棋場を案内する道しるべ用に、興福寺の香車駒は取っておかれた

からだと考える。以下に、そう考えられる理由を説明する。
 言うまでも無く、香車とその他の駒の違いは、一般には歩兵を除
いて小ぶりな事と、書いてある字の内容だけである。しかも、興福
寺遺跡の出土駒は、11世紀のものなため、今と違い、

他の将棋駒と、香車との間で大きさの違いはほぼ無い。

だから小ぶりなため、無くし易いという理由付けをする事が、そも
そもできない。そこで私は考えたのだが、香車と他の駒とで差は、

将棋駒を場所案内用の矢印の小板道標と見たときに、目的地の方向
を示す機能が在り、かつ指し示す目的施設が、”将棋場”である事
を示唆できるのは香車駒だけ

だという事である。なぜなら、矢印の先にだけ、香車は進み、かつ
距離は問わないので、香車だけが、方角表示に使えると考えられる
からである。では、案内用の小板だとして、直進とか、目的地の場
所とかを書かずに、香車にした理由だが、ずばり

将棋場は、賭博施設とみなされているため、場所名をずばりは書け
なかったため

ではないかと、私は考えた。ようするに”矢印香車”という立て札
としての小板は、

”賭博場はこちら”という意味ではないか

という事である。
 特に少し後に、興福寺奏状で”囲棊が寺院内で、はびこる事に対
する苦言”を、貞慶が述べている事からも判るように、興福寺内で
の賭博施設への出入りは、原則的に禁止されていただろう。だから、
場所の看板も、おおっぴらには出せなかったのではないか。そのた
め、”香車はこっち”と書けば、判る下っ端の僧には、将棋場の場
所だと判ったので、立て札代わりに、それとしてはかなり小ぶりの
将棋駒がこっそり、しかし公然と使われ、しかも、それはいつも、
隠語で賭博場を意味する、香車の駒であったのだろう。そのために
香車は、興福寺の賭博場では劣化しても、簡単には捨てられずに、
立て札用に、取っておかれたのではなかろうか。
 なおその他、香車が出ない遺跡として、時代は下るが、滋賀県の
観音寺城下町遺跡がある。この遺跡も地名からして、寺の城下であ
るから、興福寺と同類と言える。ただし、岩手県の中尊寺境内金剛
院遺跡からは、香車が有る程度は出ているから、これで謎が完全に
解けたわけでもない。だから、

近畿地方の寺院では、将棋を僧侶が指す事に関する、戒律違反の責
めが、地方よりも厳しかった

と、今の所考えるほかは無い。
 ただし時代が下れば、香車駒とほかの将棋駒との間で、大きさに
差が出てくるので、中尊寺の例を除けば、以上のような考えでも、
香車の欠乏は、今の所は説明できそうな気がする。(2018/11/25)

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー