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4日午後ヨーロッパで”しぶんぎ群(りゅう座イオタ群)がバーストか(長さん)

本ブログは、将棋史のブログですが、以下は現代天文学(占いではない)
に関する情報です。

たんなる私の山勘ですが。

しぶんぎ群の流星の明るさが、いつもより明るいものが多いです。日本
の本日午後3時頃、冬晴れの稀なヨーロッパで、たまたま晴れた所では、
東から西に向かって、流れ星がたくさん見えるかもしれません。
 日本はひるすぎですので、通信用の流星散乱電波で、調べるしかあり
ません。ラジオが怪しいし、アンテナが繋がるかどうか謎ですが、関東
から88.1MHzのエフエム大坂を、一応ねらってみようと思います。
 このブログで、流星の話をたまに書いても、見てくれる方が少ないの
が、残念ですが。流星でも著名な、中村卓司先生らと共に、

Muレーダーでかつて、高層気象の御研究をされた、摩訶大将棋のブロ
グの高見友幸さんが、研究から足を洗われて久しいのが特に残念です。

Muレーダー自体も、46.5MHzでの常時運用、最近はして居無い
でしょうし、So-netで著名な、S□NYの広周波数FM受信機も、
壊れて久しいし、個人的には、私にはなんともしがたい状態です。

2019/01/04 長さん/Qua obs.

 ☆2019年の四分儀(しぶんぎ)座流星群(1月4日明け方日本)

自宅で観測しました。(埼玉県)
 DATE 2019.Ⅰ.03/04
 TIME04d04h35m~05h05m(30分)
 観測総数3個 OBラムカ内 1個 判定×
 
 少ないですが、EU注意。
 メモ:1恒星年=365.25636日
 定義:”OBラムカ内”。輻射点の方に短軸を向け天頂を
  中心に73°×60°の方形視野に、発光点の入った
  おおぐま座α星より明るい群流星を数える。ただし正式
  には、多重計数で、全数漏れ無く計数するのが、建前。
        四分儀群 最近の出方
......2019..|.....×
......2018..|..........×~△
......2017..|.....................×
......2016..|
......2015..|
......2014..|.............△~◎
......2013..|.....................△>P(電波)
......2012..|
......2011..|
......2010..|...............×
......2009..|.......................×
......2008..|×
......2007..|......×~△
......2006..|..............△~◎
......2005..|..................×->×
......2004..|△
......2003..|.........△
......2002..|.................△
......2001..|..................×->P
......2000..|..×
......1999..|..........△
......1998..|...............×~△
......1997..|....................◎->×
......1996..|..△..............................×
......1995..|........×~△
......1994..|..................◎...
......1993..|....................×->×
......1992..|...△
......1991..|...........△
......1990..|...................◎
......1989..|.....................◎->×
......1988..|
......1987..|............◎
......1986..|....................◎
......1985..|......................×->P
......1984..|....×..............................×
......1983..|............×
......1982..|.....................◎
......1981..|.......................×->×
......1980..|.....△
......1979..|...........△~◎
......1978..|.....................◎
......1977..|........................◎->×
......1976..|
......1975..|..............◎
......1974..|......................◎
......1973..|........................△->P(薮保男氏)
................└──────────────────────
日本での日付け1月
....................4......4......4......4......5
太陽黄経
.....(1950)272.2....45.....7.....95..273.2
記号:◎:概ね10個以上。旧ZHR60以上 △:数個程度。旧ZHR約50
×:1~2個。旧ZHR約20 P:木星Pの5/11スワームピークあり。
      (旧ZHRの方が、今のより1/2程度で小さいです。)

上の図で、プロットが四年ごとのパターンなのは、1恒星年が、
365.25・・日の”.25"のため。左に流れているのは小数第三桁目から、
・・636・・・日になっている、636・・のためです。なお2000年は、
グレゴリオ暦はうるう年。1998年から、木星の引力が、日本で見える
はずの流星物質を、予め”掃除(はきちらす)”してくれており、西暦を4で
割り2余り年(グラフの真ん中の、"4"の、x値の列のところの観測結果)が、

母天体であると本ブログでも見る、2003EH1の回帰した西暦2014年

を除いて少なくなりました。それまでは、西暦を4で割り2余れば、
しぶんぎ群の大出現は、第二次世界大戦からあとは、指定席でした。
これは、しぶんぎ(四分儀)流星群の出現本体の流星が、木星公転周期の
4/9スワーム(swarm。一時的な、塵の吹き溜まりの事。村山定男氏より、
昔私は、この言葉の使い方を聞いた。)を構成して居る事によるものです。
 ただし、西暦を4で割り3余る年にも、過去日本で活発だった例外があり
西暦1975年と1987年の、日本での、少なくともJST0~4時過ぎ間
のバーストは、2003EH1から放出したての流星によるものです。なお、
木星による長周期摂動により、流星群全体の交差点の黄経が、
”いじわるく”後退し、西暦を4で割り1余る年には、40年置いても日本で、
見えるようになって、くれ無くしています。本ブログの執筆のおかげで、
以上のように、文で算数の説明をするのに慣れました。
 では、専門サイトで結果を聞く前に、流れ星、ヨーロッパでたくさん
飛んだかどうか知りたい人は、EUの知人にでも、急いで電話でもして
ください。(2019/01/04の2。EU夜中の0時頃)

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先獅子の規則が、獅子型の中将棋を面白くしている一例(長さん)

 今回は、前に約束した、先獅子の規則が、獅子型の中将棋
を面白くしている一例を、挙げてみる。中将棋に堪能な方に
は、”今更ながら”で、余り面白く無いかもしれないが。
以下の写真の局面図は、中将棋に於いて中盤の斬り合いが始
まった頃ので、後手の△3ニ角行の獅子取りに対し、
▲6七歩兵と受けた所である。

01_04_1.gif

この局面で、もし先獅子の規則が無ければ、

後手は△6七同→6六獅子と、居喰いしたい所である。

 なぜなら、その後▲同6六奔王に、△7八角行が、禁手で
無くて出来たとすれば、以下▲6五奔王、△5十角行成り、
▲3四奔王、△6十一龍馬となって、先手玉に王手が掛かる
次の局面になるはずだからだ。

01_04_2.gif

すると、▲同6十一盲虎、△4三龍王となるだろう。この
局面で、今回の斬り合いによる駒の損得差は僅かだが、
先手陣に出来た傷の深さの方が、後手陣のそれより明らかに
深い。その為、このように進めたとしたら、後手にとっては、
味の良い結果になった、はずだったからだ。
 しかし、元に戻って▲同6六奔王には、禁手のため、
△7八角行とは出来ない。
 そこでやむなく、△3ニ角行、▲6七歩兵に対して居喰い
せずに、△6七同→7六獅子と、第1歩で歩兵を取るとする。
すると、▲5七獅子と、伸び出た後手仲人に付けられたとき、
単純に▲4五仲人と引けば、何事も無かったのだが、慌てて
△9ニ銅将と引く悪手を指したとすると、▲4六獅子と、以
下の写真のように、仲人を取られてしまった。

01_04_3.gif

後手にとって、すこぶる面白く無い結果だったが、正しく仲
人を引いていたとしても、手損感が残ったろう。このように、

先獅子の規則が有るのと、無いのとでは少なくとも多少違う

事が判る。先手の▲6七歩兵は、一見うさん臭いが、9三の
位置の、後手銅将の位置がマズくて、この場合は、悪手
にはならなかった。後手は、できればそれを、予め予測する
必要があった。こうした獅子に関する特別な規則の作用、
特に先獅子の規則の存在の面白さが、獅子型中将棋を、長い
年月の間に、生き残らせ、他のバージョンを淘汰させたとも
考えられる。
 つまり獅子の動きが、狛犬に比べて、よたよたしていたの
で、かえって良かったと、言う事である。(2019/01/04)

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