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室町時代末16C初厩馬図。囲碁盤・双六盤有って囲碁は蓮座(長さん)

以前に本ブログでも、狩野派初期、室町時代から戦国
時代にかけての、西暦1500年頃の作である、表題
の厩(馬)図の将棋盤について、言及した事があった。
将棋史では、将棋駒が書いておらずゲームのバージュ
ンがはっきりしないが9×9升目である事が、将棋盤
の升目の形が鮮明であって、良く判る。その他、増川
宏一氏が、対局している僧侶の手つきから、駒を持っ
ているのではないかと推定し、西暦1500年頃に、
持ち駒ルール発生かと述べたとか、将棋盤の足の形に
ついて、言及した事がある。幾つかの成書に絵画が図
版で載っていて、将棋盤の足は、逆L字型である事は、
自明であるように、本ブログでは見ている。
 最近まで知らなかったが、厩図には双六盤が将棋盤
の左の横の方に、囲碁盤が、右側の屏風に書いてある
という事実を、遅ればせながら私も知った。こんかい
は、その結果、

囲碁盤については、線の数が正確では無い事と、足は
驚いたことに、この絵でも蓮座型になっていて、将棋
とは違う事が判った

と言う説明を以下する。
 さっそくだが、囲碁盤は、以下のようなものである。

厩図の囲碁盤.gif

まず、盤上の路の数が、こちらも鮮明だ。列が19路
である事は直ぐ判るが、段数の方は左側の人物の、袖
に隠れてはっきりしない。しかし、数えてみると、

段が22段程度ありそう

だ。隠れている部分も入れると、25路程度になり、
絵師が、将棋盤と異なり、囲碁の路数は正確に書かな
かったと推定される。体裁から、段を多めに書いたの
であろう。なお奥の方に、碁石が書いてあるようにも
私には見えるが、はっきり断定できない。
 次に、足の形が重要だが、将棋盤の逆L型と違い、

明らかに蓮座型に近いように見える。

囲碁・将棋盤には、少なくとも戦国時代には、蓮座型
のものが有った事を示すのであろう。
 将棋盤と異なる理由であるが、

将棋の伝来が中国、特に華北部の当時の都に在住する
商人からの取得物であるという記憶が、その500年
後のだいたい西暦1500年時点で、薄く残っている
事を示唆している

ようにも見えた。華南の、禅宗寺から近い地域の人間
が、持ってきたものではないので、その時点の囲碁よ
りも、中国の禅宗仏教からは遠いという情報が、将棋
盤には含まれているように、淡くだが、見え無くも無
いという事かもしれない。
 ちなみに、厩図にも盤双六の盤も描いてあった。こ
ちらは、箱型の普通の盤で、升目が20升目程度描か
れていて、こちらも指している人物の左腕に隠れてい
て、4~5升目程度、向こう側に有る感じの絵である。
双六盤の絵は囲碁盤と異なり、将棋盤程度にリアルだ。
 従って結論としては、少なくとも足に関しては、

厩図の将棋盤と囲碁盤とでは、形が合っていなかった

という事になる。
 遊戯史では、増川宏一氏の尽力で、厩図の将棋盤は、
厩図の囲碁盤や双六盤よりも、著名なように思う。し
かし、今回述べた状況が、どうやら客観的には、正し
いらしい。すなわち、厩図には囲碁盤の絵も有り、

厩図の囲碁盤とされるものには、蓮座型の足がある。

そして、はっきりとした理由は、私には今の所、結局
の所は良く判らない。
 何故なら同時代で、逆L型足の囲碁盤の絵も有ると、
個人的には、認識しているからである。(2019/02/20)

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