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広将棋の著、広将棋譜愚解に自陣三段目駒ルール迄の物有り(長さん)

荻生徂徠の広将棋は、徂徠の没後約50年後に、広将棋譜愚解
としてルール本が、提示されたと言われる。世界の将棋で、
ルールが紹介され、wikipediaのルールは、判りやす
く記載されている。古文書と比べても、抜けは見当たらない。
 ところでまだ仔細不明だが、
千葉県野田市(旧関宿町)東宝殊花にある、将棋の13世名人

木村金次郎関連の図書館、野田市せきやど図書館蔵の、
広将棋譜愚解には、4~6段目駒のルール記載が見当たらない

のに、最近私は気がついた。
 web上に、電子図書形式で、中身の閲覧のできるページが
野田市の図書館紹介のページであり、そこで内容を見て判った
のだが、

駒の動かし方ルールで、象のルールで書物の主な内容が終わり

のようなのである。
 以下に、駒の動かし方の説明が終わり、相手陣に入らなくて
も成れる、特例についての記載が続く部分を示す。

広将棋譜愚解.gif

 上の図のように、野田市せきやど図書館の広将棋譜愚解のバー
ジョンは、駒の動かし方の説明が、車、前峰等で終わらず、
象で切れていて、4段目以降の説明が、無いように、私には見
える。
 世界の将棋は、別の広将棋譜愚解の文書を参照にしたのだろ
うか。

それとも、馬兵から上段の駒のルールは後作なのか。後者だと、

幸田露伴の将棋雑考や、本ブログの前の記載に解釈誤りが有る

事になる。つまり、広将棋の、4段目から6段目の駒のルール
の、なんとなくの出来の悪さ、特に騎総のルールが、強すぎて、
玉がトン死してしまう問題は、

後世のツクリ物のせい

という事も、疑われると言う事だ。つまり、

広将棋のオリジナルの出来は、もっと良かったが、後に改変

されたという意味である。
 以前、埼玉県北葛飾郡杉戸町の鷲巣等へ行った帰りに、埼玉
県春日部市の西宝殊花へ寄り、様子を本ブログで紹介した事が
有った。そのときうっかり、江戸川を渡らず、”将棋書の宝庫”
をどうやら見逃したようである。なので、近々、千葉県野田市
東宝殊花の、将棋十三代名人関根金次郎生誕地記念と見られる
”せきやど図書館”へ行って、広将棋の本を、実際にチェック
してみようかと、思っている。
 蛇足だが昨日まで、”せきやど図書館”は、蔵書の整理で、
休みだった。
 なお、国文学研究資料館の新日本古典書籍データーベースに
広将棋譜愚解があり、象の後、先鋒までの2ページ分が、書い
てあるのを、その後みつけた。千葉県野田市せきやど図書館の
WEBにも出ている広将棋譜愚解では、単に抜けていただけな
のか。webを調査して、現時点で以上の事実認識となった。
(2019/03/03)

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