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今小路西鎌倉市福祉センター遺跡中将棋木札の模型(長さん)

前に述べたように、平成の時代の初め、西暦1988
年前後に、神奈川県鎌倉市御成町の、今小路西鎌倉市
福祉センター遺跡で発掘された、競技しようとしてい
る中将棋のバージョンを、指定するための小道具とも
疑われる木札は、

中将棋の史料としては、最古になりうる。

そこで、実際に書かれている文字が、将棋のバージョ
ン指定のためのもので、本当に合っているのかどうか、

真偽が大事

となる。
 そこで今回は、筆跡を真似た書写を、手作業で行い、
更に、模擬的に同一の使用状態を作り、

その感触をつかむ事

にした。
 下の写真の左上の2片の文字の書かれた木片が、本
ブログの管理人が、成書”よみがえる中世3 武士の
都鎌倉”平凡社1988年の221ページの写真を見
ながら作成した、模型である。実際に使用される状態
に近いように、中将棋盤と中将棋の駒、プラス簡単な
狛犬の仮駒も、写真のように用意した。

中将棋木札使用法.gif

 なお今回から、カナ崩し字入門本の示唆に基づき、
”近くへ行が”は、本ブログでは”近くへ行く”と、
読み直す事にした。昔の平仮名の”く”が、現代の
”く”ではなくて、”L”の形に近いとの情報が得ら
れたためである。なお、平仮名”く”は”久”を崩し
た文字とされると言われる。
 河野真知郎氏からの情報により、よみがえる中世3
武士の都鎌倉の写真が、原寸大に近いとしてみると、
セパレート時代に置いたケースは、上の写真のように、
たいして場所を取らない感じになっていたようである。
ちなみに写真で”志ろいぬ”のろの字が、下側が切れ
て、”一”と”つ”に分かれているように見えるが、
これについては、私の筆の誤りによるもので、本ブロ
グの、別のページでも確認できると思うが、

本物の写真は、カスレは無くて、もっと”ろ”に近い。

 なお、写真の陣側は、今小路西御成小学校遺跡ゲー
ムセンター所属の”御相手師匠”の駒群だったのかも
しれない。中将棋を知っている方には、写真の中の書
き込みは、邪魔だったかもしれないが。中将棋を知ら
ない方も、このページを読む可能性があるとみて、
犬ヘンが共通の、白犬(狛犬)と師子(獅子)との
関係を赤字で示した。
 また、もしひゃう、と猛豹との関係を、金将、銀将、
銅将と、猛豹が並ぶ配列になり、猛将の代わりだと、
言い訳をする、必要性が有った事情を示すため緑枠で
示した。
 更に、前進できない、七方隣接升目動きの”まうこ”
とは何者なのかを、玉将の近くに居る駒であるのが、
判るように、写真では黄色丸で示した。
 個人的には、平仮名をつなげて書いてないという点
と、江戸時代に流行りで、今では私のような素人には
読めない特定流派の書体で、仮名を凝って書いていな
いので、出土木札の字は、

今の小学1~2年生の、普段着の字にむしろ近い

と見る。従って現代人に比較的読みやすい字と、むし
ろこの史料は、見るべきではないかという疑いを、私
的に、かなり強い心象として、現時点で抱いている。
蛇足だが、以上を一応感想として、表明しておきたい。
(2019/05/07)

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