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シャトランジのデザイナーが車/象を交換した理由(長さん)

本ブログでも、インド二人制古チャトランガの、
大臣、象、馬、車は、初期には近王、飛車、桂馬
または八方桂、飛龍、イスラムシャトランジの、
大臣、象、馬、車は、猫叉、飛龍、八方桂、飛車
で、四人制しか詳細明らかでない、インドの方は、
大臣に注目が無かったが、その他に関して、アル=
ビールーニの指摘したように、簡単に言うと、

インドとアラブでは、象と車が反対だった

と見ている。そしてあくまで本ブログの見解だが、

実際にそれで、ゲーム性が向上する事は余り無く、

イスラムシャトランジ形式のゲームを取り入れた
国に於いて、イスラムの科学・技術を取り入れる
姿勢を示すという意味での、象徴的な意味合いに、
結果として、なってしまったと主張してきた。
 では、西暦775年前後に、イスラム・アッバー
ス朝の者とみられるゲームデザイナーが、何ゆえ
に、暦法のプトレマイオスの、アルマゲストが
アラブで普及し始めた時代に、ペルシャ経由で伝
来したとみられる、インド二人制古チャトランガ
の象・車をひっくり返して、
イスラムシャトランジを完成させたのか。

何を考えて、ゲームデザイナーはそうしたのか

を今回は論題にする。回答を書く。

一応ゲームを改良するつもりだった。しかし、
結果は焼け石に水だった

と考えられる。
 では、論を続ける。
 象が飛車動きの状態から、車が飛車動きの状態
に交換するという事は、

一般的に見て、陣形を整える方向の変化である

と考えられる。

なぜなら、”玉と大駒は、離して置いた方が良い”

からである。実際多少はそれで、王手飛車取りは
減り、駒の無駄な消耗は減ったのだろう。だから
理屈の上では、イスラムシャトランジの方が、
西暦900年頃までの、インド二人制古チャトラ
ンガより、レベルが上になったに違いない。
 しかしながら、

駒の構成に大差が無かったので、ゲームの全体と
しての性質に、これによる変化は乏しかった。

実際に、それを取り入れた、初めはペクーから、
後は西暦1100年少し前の末期北宋王朝に至る
まで、それを知りつつの取り入れケースが多かっ
たのだろう。つまりは所詮、”見かけのモダンさ”
だけが、問題だったと考えられよう。
 だから、雲南の南詔では、宮殿に訪れる外国の
客も少なく、変更自体がめんどうだったので、
そのまま、象は飛車、車は飛龍、のちに工夫して、
香車で、指し続けたのだろう。
 よって結論としては、二人制古チャトランガを
それなりに多数回テストした上で、

イスラムシャトランジのゲームデザイナー自身は、
大臣を近王から猫叉に弱化させた上で、飛車駒も、
玉駒より、離すような”焼け石に水の改善”を、
一応はした

と、結論はできるように私には思われるのである。
(2019/09/06)

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