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日本天文史料異常現象集計斉藤国治調査と矛盾(長さん)

以前、”平安時代陰陽道史研究”山下克明
”観測技能、精度の問題(末備表)”の、
東京天文台斉藤国治氏調査の、月・惑星又は、
惑星・惑星接近の集計結果を本ブログでは
紹介し、11世紀の記録数が少ないという、
事実を示して、それについて、中国星座を用
いた位置情報について隠匿が有るのではない
か等と論じた。今回は、これとは別の情報で
ある、神田茂氏の作成した、
”『日本天文史料(1935)』に記載の
異常現象集計”数が、

きっちりとは、合っていない

点について述べる。出典はややこしくて申し
訳ないが、神田氏直接ではなくて成書の
”日本人の天文観(星と暦と人間)”、
NHKブックス(1972)、広瀬秀雄氏
著書である。
今述べた成書の、Ⅱ暦日への関心のたかまり
天文異常の記録の49ページに、載っている
データを以下に示す。
_世紀_____記録数
_8世紀まで__154
_9世紀____262
10世紀____179
11世紀____139
12世紀____370
13世紀____398
14世紀____337
15世紀____385
16世紀____256

なお、前に示したが斉藤国治氏の、会合現象
の記録件数変化は、再掲すると次の通り。
_9世紀____20~30
10世紀_____数件
11世紀______1
12世紀(~39)_0
12世紀(40~)数十件

傾向は同じであるが、斉藤氏の会合の調査の
方が、より著しい事が判る。
今回新たに示した成書、”日本人の天文観”
に、”上奏記録の数である”との旨が書かれ
ているので、今の所一応、

宮内庁に残った、”門外不出データ”等が、
神田茂氏の集計では、含まれる為

と本ブログでは考える事にしたい。
 むろん、神田氏の集計は、会合だけでなく、
流星や彗星等の記録も、全部入った数である
事も、理由に含まれているとは考えられる。
しかし、11世紀に約178件は有るという、
斉藤国治氏のリストとは別に、情報が存在す
る事も確かであり、

以前の論に”疑念がゼロでは無くなった”

とは言えると思う。
 元東京天文台の台長の広瀬秀雄氏は、デー
タ収集を手伝ったので、密奏文書の集計結果
を、神田氏から直接入手し、自身の著書で、
『日本天文史料(1935)』を引用したら
しい。
 ”12世紀から増えているのは、遍暦のマ
ンネリ化のため”等と広瀬氏は表現しており、
”世襲化完了による、安定した広報条件の、
整備完了の為”とする、本ブログの論と、極
端に、広瀬秀雄氏の主張が、異なる訳ではな
い。ただし広瀬秀雄氏が天文古記録について、

11世紀は落ち込んだと、特に指摘していな
い事が大切

だと私は思う。そのような心象が、調査中に
は特に、感じられなかったのであろう。なお、
広瀬秀雄氏は彗星に、特に興味を持っていた。
何れにしても広瀬秀雄という人物は、並の成
書には、なかなか書いていない有力な情報を、
しばしば所持していたような、博学の方であっ
たようだ。
 天体力学が専門だが、その他、天文学史で
も有名であり、遊戯史とは直接繋がらないが。
一般的に歴史研究の際には、広瀬秀雄氏の成
書等での情報には、今後とも特に注意したい
と、私は考えている。(2020/04/13)

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