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本当にオークチャトラングの副官は王女か(長さん)

カンボジアの将棋(象棋)には、シャッツロン
というゲーム名とオーク・チャトラングという
名称の2種があると私は聞いている。世界の
将棋の梅林勲氏の紹介したものが前者で、
大阪商業大学アミューズメント産業研究所
の研究員の、高橋浩徳氏が著作した、
”伝統ゲーム大事典”朝倉書店・2020年に
紹介されているのが後者である。梅林氏による
と、シャッツロンはチャッツロンとも聞こえる
らしい。ので、チャトラングと大差は無いのか
もしれない。
 今回は、上記ゲームは同一名の訛りとしなが
ら、梅林氏のをⅠ型、高橋浩徳のをⅡ型と仮に
名付け、ガセネタを掴まされて、ルール内容が
違っていた梅林氏のⅠ型を、正しく修正しても
なお、駒格子交点置きか升目置きかの差は別と
して、

構成駒の名称に差が有り、かつ高橋浩徳氏の
Ⅱ型の副官名が奇妙

である点について述べる。
 結論を先に書いておく。

恐らく王女は西洋チェスに影響を受けた
俗称なのであろうが、Ⅱ型で行きわたっている
とすれば艶っぽすぎて不自然であり、一般的で
は無い

と考えられる。
では論を開始する。
 Ⅰ型は9路、Ⅱ型は8升目と紹介されている
が、ルールとしての構成駒の並び形はⅠ型とⅡ
型で差は無く、副官駒が2枚なのか1枚ずつな
のかの差だけのようである。どちらも、タイの
マークルックと、初期配置を基準とした駒の動
かし方ルールは同じと、今では見られている。
 問題は駒名であるが、
Ⅰ型は王、官吏、象、馬、船、魚なのに対し、
Ⅱ型は王、王女、柱、馬、船、魚と、
Ⅰ型はミャンマーシットゥイン型、Ⅱ型は、
マークルック類似で、副官駒、象駒が変形して
いる。この差は地域や成立時期の差であり、
Ⅰ型もⅡ型も、ゲーム自体は、それぞれ確立さ
れているとみて良いのであろう。
問題なのは、

Ⅱ型の副官名の具体的内容である。

つまり、

兵が副官限定成りのカンボジア将棋では、
西洋チェスと違い、”たくさん発生する王女”
が、一夫多妻の性豪の王を連想させてしまい、
話が艶っぽすぎて妙だ

という点である。
 西洋チェスのポーンは、ルールブックに、
兵駒以外のどれでも成りと、

表現されるので、道徳的問題が見えにくかった

という事である。
 更に女王ならゴマカシが効くが、魚が成って
王の奥さんが、後半にたくさん出来るゲームと
いうルールに、カンボジアでは本当に、イメー
ジの良し悪しとして、しているのかどうかが、
謎だという意味である。だから、
 恐らく、カンボジアのオーク・チャトラング
の副官が王女だというのは、高橋浩徳氏等が聞
き取った際に、

現地の聞き取りの相手が西洋チェスと、話を、
ごちゃごちゃにしているのかまたは、聞き違い
の疑いが濃い

のではないか。以上のように私は考えている。
 だからひょっとすると、象駒の柱と合わせて、
マークルックの種と根のように、オーク・チャ
トラングでは副官駒を、何か日本人の感覚で見
ると、奇想天外な駒名にしている可能性も、
カンボジアではタイと同様有るのかもしれない。
つまり、

Ⅰ型とⅡ型の本質的差は、駒の名前がありきた
りの大臣、象型なのか(Ⅰ型)、種、根変性型
(Ⅱ型)なのかの差ではないか

という事である。
 仮にもしそうだとすれば、カンボジアのオー
ク・チャトラングまたはシャッツロンも、タイ
のマークルックと同様Ⅱ型は、地方によっては

副官駒と象駒を伏せ駒名にしているという点で
も、類似のゲームとみなせる

のではないかと私は疑う。
 なお、私の認識では、象が居ないので駱駝に
したユーラシアの北の地域を除いて、ローカル
に駒名を、大幅に変えた地域は、

日本、タイ、そして恐らくはカンボジアの3
カ国に限られる

と、事実認識している。木村義徳氏は持駒使用
の謎の中で、駒名は各国固有との認識を取られ
ている。が実際には王、大臣、象、馬、車、兵
が、増川宏一氏が、将棋Ⅰで書いているように、
事実としては、基本形なのではないだろうか。
確かに西洋チェスも加えると、大臣が女王だし、
象は僧侶、戦車や船は城、兵は農民だから、
木村氏の言う通りだが。統一されているという
点で、イスラムシャトランジ時代といっしょで
はないかと疑う。ローカルな突拍子も無い駒名
に、他の国では変性していない。
 だから日本、タイ、カンボジアに限られる
異常現象は、事情が違うのであり、元々は、
中国雲南の平安小将棋での駒名再編成が、話の
発端だというのが、本ブログ固有の認識である。

タイとカンボジアでは上座部仏教の為、蓄財に
ネガティブ感覚。なので大衆としての兵が金将
に成るのを避けるため、伏せ駒名を作成したと
見る

という事である。なお、その種明かしもろ出し
なのは、今では大乗仏教の流れの国である、
日本将棋だけだというのが、本ブログの固有の
見方だ。
 上記3カ国以外の、残りの世界中の国では、
副官駒名と象駒名を、玄怪録記載の宝応将棋を
除いて、平安小将棋タイプには進化させなかっ
た。つまり、金・銀・玉を将棋盤上に盛る蓄財
将棋はしなかった。ので、基本形の修飾程度の
ままだという事である。
 かつてモンゴル帝国時代にタイ人は、雲南か
らインドシナに、大理国原始平安小将棋の記憶
を携えて、13世紀を中心に南下したと本ブロ
グでは見ている。ので大乗仏教から上位座仏教
へ切り替えるためには、蓄財を宣伝している、
文字通りの歩兵成り金=金成りルールを伏せる
ため、金将と銀将を、伏せ駒名に変化させる必
要が有った。以上のように、本ブログでは見て
いると言う事である。
 象駒の柱に対応して、副官駒を、カンボジア
オーク・チャトラング、シャッツロンでは、
伏せ駒名としては何にしているのか。現時点で
私にははっきりしないが、更に情報が増えるよ
う期待したいと考える。(2020/09/17)

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