将棋Ⅰの出土石版「三友象棋盤」は日本のどこかで所蔵(長さん)
以前紹介した、岡野伸氏が改定「中国象棋」で
写真収録した、増川宏一「将棋Ⅰ」に、漢代
3人将棋として写真が載っている遺物が、中国
では無くて、日本人の不明の者が保管している
との情報と見られる内容が、さいきんweb上
に出た。なお、前記成書「ものと人間の文化史
23-1将棋Ⅰ」で、三友象棋の写真が載って
いるのは、第54ページ付近である。
紹介者は、中国の遊戯史の研究でも知られる
張超英で、web上のpdfファイル名は以下
の通りである。
202006_18.pdf
小論文になっており、ゲラ刷りを載せているの
か、コンテンツの書誌は不明だが、論文題名は
次の通り。
「日本将棋史著作所見中国象棋相伝述録」。
なお、別の同氏が著作した成書を、びりたん
氏がブログで、2024年6月24日前後に紹
介している。(張超英著「古代中国象棋棋具」
(2003))
前者の第19/26ページ付近に写真があり、
「在所不明であり日本国内に在る。漢代ではな
くて、清代のものである」等と私には取れる旨
が、第21/26ページ付近に載っているよう
である。私も所持しているので確認出来たが、
日本の美術第32号遊戯具、関忠六編集、西暦
1968年の第19ページ付近にも載っていて、
典拠は明らかでは無いものの、日本の何処かで
撮影されたものとの印象を、私も持った。
漠然と、出土した中国の墓近くの博物館で、
所蔵していると思っていた私は、記載を読み、
うっかりとしていたと反省した。この遺物の現
所在地を今後は気にするようにしたい。(2024/08/18)
写真収録した、増川宏一「将棋Ⅰ」に、漢代
3人将棋として写真が載っている遺物が、中国
では無くて、日本人の不明の者が保管している
との情報と見られる内容が、さいきんweb上
に出た。なお、前記成書「ものと人間の文化史
23-1将棋Ⅰ」で、三友象棋の写真が載って
いるのは、第54ページ付近である。
紹介者は、中国の遊戯史の研究でも知られる
張超英で、web上のpdfファイル名は以下
の通りである。
202006_18.pdf
小論文になっており、ゲラ刷りを載せているの
か、コンテンツの書誌は不明だが、論文題名は
次の通り。
「日本将棋史著作所見中国象棋相伝述録」。
なお、別の同氏が著作した成書を、びりたん
氏がブログで、2024年6月24日前後に紹
介している。(張超英著「古代中国象棋棋具」
(2003))
前者の第19/26ページ付近に写真があり、
「在所不明であり日本国内に在る。漢代ではな
くて、清代のものである」等と私には取れる旨
が、第21/26ページ付近に載っているよう
である。私も所持しているので確認出来たが、
日本の美術第32号遊戯具、関忠六編集、西暦
1968年の第19ページ付近にも載っていて、
典拠は明らかでは無いものの、日本の何処かで
撮影されたものとの印象を、私も持った。
漠然と、出土した中国の墓近くの博物館で、
所蔵していると思っていた私は、記載を読み、
うっかりとしていたと反省した。この遺物の現
所在地を今後は気にするようにしたい。(2024/08/18)