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岡山県岡山市鹿田遺跡で近代成金桂馬駒(長さん)

 今回は岡山県の岡山大学構内の遺跡、岡山
市鹿田遺跡で近代の明治から大正期の将棋駒
で、成金桂馬とみられている遺物が、西暦
2011年前後に出土しているとの旨の紹介
である。
 桂馬の書体が、創作的な草書体である。
 遺物の写真がweb上に公開されていて、
発掘報告書に載っている。発掘報告書が、
奈良文化財研究所の発掘報告書データベース
全国遺跡報告総覧に登録公開されている。
 pdfファイル名は、以下の通りである。
140369_3_鹿田遺跡17.pdf
 発掘報告書の名称は、以下の通りである。
岡山大学構内遺跡発掘調査報告第40冊/
鹿田遺跡17/第22次調査地点、2024
年、岡山大学文明動態学研究所。
 発掘報告書第1本文pdf末尾抄録により
遺跡の場所は、岡山県岡山市北区鹿田町
2丁目5番1号。
 遺物が出土したのは、繰り返すと西暦
2011年ないしその前後の事のようである。
 遺物の成立年代は、遺物は水路1で出土し、
発掘報告書第67ページの記載から、近代の
明治~大正期と読取れるように、私には思わ
れる。
 遺物の写真は、発掘報告書写真図版の図版
第37:”木製品(2)”の最上段右端に
在り、スケッチ図第66の遺物番号木製品の
第14番との旨、ナンバリングされている。
 右側が将棋駒のオモテ面とみられる。

鹿田桂馬.gif

 オモテが「馬」のように見えるが、横棒を
過剰に書く事により、「桂」の字を連想させ
るように工夫した、創作書体の天童草書体を
も連想させる、「桂馬」駒のように私にも見
える。
 発掘報告書でも、恐らくそのように解釈し、
成一文字金の桂馬駒と、解釈しているようで
ある。
 庭園を持つ調査現場の南側の屋敷で、明治
時代ないし大正時代に将棋道具を所有し、ま
たは使われ、たまたま水路に、大学の建設の
頃、投棄されたのかもしれない。(2024/10/08)

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