将棋纂図部類抄後期大将棋右仲人上猛豹博士は何者(長さん)
以下、論文の「摩訶大将棋の復刻」、高見友幸他
2名、雑誌名不明61ページ~78ページの情報
に関する、当方のコメントである。
この記載雑誌は、web上に公開されてて、論文
の表題で検索すると、現在hitするコンテンツ
である。私が調べてい無いので判らないこの冊子
の、第70ページ付近に、高見友幸氏筆と私には
見られる記載で、水無瀬兼成の将棋纂図部類抄(
水無瀬宮蔵版)の、15升目130枚制大将棋の
図の第5筋、右仲人列の上方に、「猛豹博士跡二
方也 此本不審」と読んだ、高見研究室での読み
のうち、博士部分の説明書きが記載されている。
読みに関して、
本ブログの解釈と相違する
ので、以下に本ブログ管理人の「博士」に関する
解釈を示す。本ブログは、摩訶大大/大将棋が中
心で無く、大将棋のブログであるから、これまで
この、将棋纂図部類抄の大将棋の図への書き込み
に関し、何らの議論して来なかった点は、甚だ遺
憾であると、反省させられた。調査結果の結論を
述べれば、
博士は摶土(たんど)であり、特に第1字目は、
書き込み者の誤記
だと、ここでは見る。
高見友幸研究室の解釈によれば「陰陽寮の教官
の事」との旨論文の「注記」の中に在る。
本ブログでは、「猛豹摶土跡二方也 此本不審」
と書くつもりであったと解釈し、「摶土跡」とは、
「後ろの丸い土色の点」という意味であると、今
のところ考える。博では無く本当は摶であり、
手編を「十」に、誤ってしてしまったとの意味で
ある。
例えば諸橋徹次著の大漢和辞典(西暦1958
年発行)、第5巻、第371ページ、第2段目の
記載に、以下のような例がある。
この件は、マイクロソフトのimeパッドで、
チェックしていて漢字を見つけ、大漢和辞典で私
は、熟語を発見した。本ブログが、
大将棋のブログにしては発見が余りにも遅かった
と反省させられた。何れにしても「摩訶大将棋の
復刻」に関連して、最近の発見事項は複数存在す
るので。該表題の本文と同表題の書籍は、西暦
2019年以降の発見事項も加えて、増補して、
再度出版されるべきだと私は考える。(2024/11/23)
2名、雑誌名不明61ページ~78ページの情報
に関する、当方のコメントである。
この記載雑誌は、web上に公開されてて、論文
の表題で検索すると、現在hitするコンテンツ
である。私が調べてい無いので判らないこの冊子
の、第70ページ付近に、高見友幸氏筆と私には
見られる記載で、水無瀬兼成の将棋纂図部類抄(
水無瀬宮蔵版)の、15升目130枚制大将棋の
図の第5筋、右仲人列の上方に、「猛豹博士跡二
方也 此本不審」と読んだ、高見研究室での読み
のうち、博士部分の説明書きが記載されている。
読みに関して、
本ブログの解釈と相違する
ので、以下に本ブログ管理人の「博士」に関する
解釈を示す。本ブログは、摩訶大大/大将棋が中
心で無く、大将棋のブログであるから、これまで
この、将棋纂図部類抄の大将棋の図への書き込み
に関し、何らの議論して来なかった点は、甚だ遺
憾であると、反省させられた。調査結果の結論を
述べれば、
博士は摶土(たんど)であり、特に第1字目は、
書き込み者の誤記
だと、ここでは見る。
高見友幸研究室の解釈によれば「陰陽寮の教官
の事」との旨論文の「注記」の中に在る。
本ブログでは、「猛豹摶土跡二方也 此本不審」
と書くつもりであったと解釈し、「摶土跡」とは、
「後ろの丸い土色の点」という意味であると、今
のところ考える。博では無く本当は摶であり、
手編を「十」に、誤ってしてしまったとの意味で
ある。
例えば諸橋徹次著の大漢和辞典(西暦1958
年発行)、第5巻、第371ページ、第2段目の
記載に、以下のような例がある。
この件は、マイクロソフトのimeパッドで、
チェックしていて漢字を見つけ、大漢和辞典で私
は、熟語を発見した。本ブログが、
大将棋のブログにしては発見が余りにも遅かった
と反省させられた。何れにしても「摩訶大将棋の
復刻」に関連して、最近の発見事項は複数存在す
るので。該表題の本文と同表題の書籍は、西暦
2019年以降の発見事項も加えて、増補して、
再度出版されるべきだと私は考える。(2024/11/23)