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兵庫県太子町亀田遺跡で奈良期大兎墨書土器(長さん)

今回は、発掘報告書でも奈良期の墨書土器皿と
鑑定され「大家」と読んでいるが、別の読みの
可能性があり、いっけん「大兎」であるが、
「大宝」の可能性も有るという例の紹介である。
なおこの発掘報告書には、図版55に古墳時代
とされる土器に、象戯無正と墨書されている
ものがある疑いがあるという、別の将棋関連
墨書の存在を、以前に本ブログでは紹介してい
る。奈良文化財研究所発掘報告書データベース、
全国遺跡報告総覧に登録されたpdfファイル
が元情報であるという事であり、情報源はその
折に紹介している。再掲するとpdfファイル
名は、以下の通りである。
19293_2_揖保郡太子町亀田遺跡第1分冊-亀田遺跡2地点の調査-.pdf
報告書名は、以下の通りである。
兵庫県文化財調査報告 第210冊
揖保郡太子町亀田遺跡、2000年11月、
兵庫県教育委員会。
遺跡の場所は兵庫県揖保郡太子町上太田字
亀田。遺物が発掘されたのは西暦1994
年前後という事であった。
 今度の遺物の成立年代は、発掘報告書、
第1本文pdfの第18ページ付近「N0.Ⅱ
地点の基本層序」によると、第2包含層の地層
部分に古代の流路が在り、その中に今回話題
とする墨書土器皿破片が見つかったようである。
形態から第1分冊第86ページ付近で奈良時代
成立であると推定されているように読み取れる。
 遺物の写真は第2写真pdfの写真図版第
87:”奈良時代の土器5(流路)”の最上段
右上に在り、遺物番号第393とナンバリング
されている。皿型の土器の破片の裏側に、墨書
が在る事を示している、写真のように見える。

亀田遺跡大兎.gif

 上図のように、大兎にも読めるが、将棋駒名
に大兎は存在しないので、将棋とは関連がない
と見られ、発掘報告書第1本文pdfの第86
ページ等では、大家と釈文されていると読み取
れる。よく見ると、第2字目は寶の草書であり、

大宝と書いてあるようで、

太子町でも貴金属が産出する鉱脈が、奈良期に
存在したようにも読める。或いは奈良期ならば、
具体的な内容は不明だが、

大宝律令に則った何らかの物品の、一時置き場
という意味

かもしれない。
 あくまで私見だが。家の字の下部が擦れてお
り、正確に釈文するのが困難な墨書の一例なの
ではないかと疑っている。(2022/05/30)

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