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山形県寒河江市三条遺跡より平安期香車墨書土器(長さん)

本ブログの見解では、将棋が成立した後
香車という墨書が存在し無いわけが無いの
であるが、器に香車と書かなければならな
い理由も格別に無く、そのような遺物は
現実少ないという事であった。今回もひょっ
とすると、問題の遺物が成立した時点で、
将棋が成立している可能性も有るのだが、

香車では無くて、芳しい容器箱という意味
で香箪(こうたん?)と書いたと見られる、

平安期の墨書土器について紹介する。
 遺物の写真がweb上に公開されていて、
発掘報告書に載っている。発掘報告書が、
奈良文化財研究所発掘報告書データベース、
全国遺跡報告総覧に登録・公開されている。
pdfファイル名は、以下の通りである。
28295_2_三条遺跡第2・3次発掘調査報告書.pdf
発掘報告書名は、以下の通りである。
山形県埋蕨文化財センター調査報告書第93集
三条遺跡第2・3次発掘報告書、2001、
財団法人山形県埋蔵文化財センター。
 遺跡の場所は第1本文pdf:
28295_1_三条遺跡第2・3次発掘調査報告書.pdf
の巻末の抄録によると、
山形県寒河江市寒河江字三条。発掘調査は
同じく抄録により西暦1996年前後の事
のようである。
 遺物の成立年代は、抄録には平安時代
8~9世紀と書かれているが、河川(SG)
第134番は、近年の土木工事の前まで
存続したように読み取れ、墨書土器が一般
に奈良・平安期だから、平安時代のもので
あるという以上の根拠が乏しいように取れ
る。問題の遺物の成立が、

平安時代であるにしても、後期の11世紀
以降の成立である事を、完全否定するまで
には至らない

のではないかと疑われる。
 さて、その遺物の写真は、前記発掘報告
書、第2pdf図版編の、図版113:”
出土遺物(63)土器”の、中央上段に在
り、遺物番号、本文図版の238の第4番
と、ナンバリングされている土器の底面で
ある。

三条遺跡香車.gif

上図のように、淡く漢字の香車のようにも
見える模様がある。

成立年代が広いので、将棋駒の香車から来
ると言えなくも無い。

 しかしながら、第2字目を良く見ると、
車ではなくて単に更に、カンムリが有る

別字であり、一例”箱”の意味の箪の方が
正解

であるように見える。

杯の上に、小さな香箱を置くという、供え
物用か何かその類の土器

なのでは無いのだろうか。よって、はっき
りとはしないし、将棋駒から来ていても、
問題は大きく無いのだが、

将棋に関連する墨書土器の可能性は、この
ケースについても比較的少ない

のではないかと、私は考える。

器と車が、余り関連性の無い物品である為、
土器に香車と書く例は、将棋が成立してい
ても、比較的稀だった

という事なのではないかと疑う。(2021/10/20)

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