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宝応将棋は、なぜゲーム用の盤・駒が中国雲南で出土しないのか(長さん)

将棋史研究家で遊戯史学会会長の増川宏一著「将棋の歴史」
(㈱平凡社・2013年)を読むと、玄怪録の岑順物語は、
史料として信憑性の低い文献との記載になっている。そして、
その根拠は、ゲーム・ルールが記載されている、中国唐代、
西暦820年前後の宝応将棋に関して、盤・駒等、遊戯具で、
それを示唆する物品が、未発掘であるという点が、その実在
説にとっての最大の難点と、前記成書から読み取れる。文献
上にはあるのだが、その他には、ゲームとして存在する、別
の証拠が全く無いゲームであるという主旨が、増川氏の指摘
の骨子と、私は取ると言う事である。そうだとすれば、

その論理は今の所充分に、正しい

だろう。
 他方宝応将棋の遊具の絶対量が少なく、確率的に出土しに
くいとしか考えられないとすれば、

その割に、中国の唐代の人間には、広く知られていたように、
玄怪録物語という文献からは、見える理由

を説明しなければならないと、私も思う。そこで、今回の論
題は、宝応将棋の遊戯人口が、極端に少なかったと見られる
にも係わらず、西暦820年頃、中国の恐らく都の長安では
著名だった訳を、論題とする。
 いつものように答えを最初に書いて、ついで説明を後から
する事にする。

純銀の塊を遊びにまで使用できた、雲南の富豪に、唐代の中
国人大衆の注目が広まっていて、ゲーム自体がそれで有名

だったからだと、私はみる。
 では、以下にその説明をする。
 本ブログの、100円ショップの将棋具をも用いた、独自
のゲームルールの解析によると、このゲームの最大の特徴は、
実質的に

銀の塊である、軍師という名で玄怪録岑順物語中に出てくる
銀将(動かし方のルールは、日本将棋の金将とみられる)が、
最初から2枚存在するのに加えて、次の駒が成る事によって、
合計18枚、中盤以降に現われたとみられる

という点である。
 すなわち16枚の歩卒から、討ち取られてしまう8枚を除
いた8枚と、4枚の馬、4枚の香車動きでしか無い”車”の、
合計16枚が、銀将として最大で成れる可能性があるので、
元から存在する2枚の銀将に加えて、合計18枚の銀将ない
し、成りで生じた銀将が、その最大数でゲームの後半に盤上
に陳列されるゲームとなる。なお飛車動きの玄怪録岑順物語
上の上将、実際には宝応将棋では、象だったと見られる駒が
無ければ、銀将はより残り易くなるのだろうが。実際には、
かなり食われてしまうだろう。それでもある程度は残り、
2枚の王(玉駒)を示す金将(現在の玉将の動きで、玉と同
じ意味)という名の金の塊と、数枚の銀将という名の銀の塊
を、後半は、将棋盤上で、雲南南詔国の大富豪が、優雅に、
操作するゲームになるのだろう。
 つまり雲南南詔国の王侯貴族は当時、遊戯に過ぎない将棋
でも、最大18枚の銀塊の駒を使って遊んでいたのである。
なお南詔の王室内は、将棋だけでなく、日常製品は、何から
何まで金・銀だったとの話は現在でも、雲南省大理市の
三塔主塔の出土遺物を根拠に、web上では噂されている。
実際には、南詔国時代なのか大理国時代なのかとの区別が、
つきにくいという難点だけが、考古学的には残っているようだ。
 以上のようにこの状況を、唐代の中国の庶民からみると、

宝応将棋に関しては、遊んでいた人間の数は、確かに少なかっ
たのだろうが、銀塊が遊び道具ですら、あるという、山奥の
鉱山の有る国の王族の話は、当然中国人大衆の茶の間の話題
に、かなり上り易かった

のではないかと、少なくとも私は疑う。唐代の中国人なら、
この雲南省の山奥、鉱山近くの王国の、大金持ちの王族の遊
びの話は誰でも知っていて、どのような遊びをしているのか
は、人づてに、どんどん中国国内に話が広がっていったので
はないかと、予想するのである。
 そのため、宝応将棋を指す人口は、中国雲南省の大富豪の
王侯貴族に限られ、ごく少なく、その遊戯具の総数も、わず
かだったのであろうが。その将棋については道具が豪華であ
るという事が特に有名で、中国国内では、”雲南の王侯貴族
の豪華な将棋”という語り草で広がっていて、ゲーム自体を
知らない者は少なかったと、当然想定できるのではないかと、
私は疑う。従って、宝応将棋の盤・駒が出土しないのは、

そのような純銀の塊が、ゴミとして処分される可能性が少な
い事に加えて、使う人間が少なく、元からの絶対量が、著名
な割りに極端に少ないため

ではないかと、私は以上のように考えるのである。
 だから、現時点で、宝応将棋の遺物が、全く発見できてい
ないのは、不自然な事ではないと、私は考える。
 一旦ごく部分的にでも、その

一部がワンセット発掘されれば、増川氏の指摘は、いっぺん
で覆ってしまうという、性質の批判

ではないのだろうかと、私は懸念するのだが。しかしながら
このケースは、そのような遺物が、現時点で発見されないか
らと言って、以上のような事情から、そのようなゲームが
存在しない、強い証拠とまで言い切るのは、かなり危険
なのではないかと、個人的には、増川氏の論をその点、
かなり疑問視もしているのである。(2018/09/04)

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