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千葉県印西市船尾白幡遺跡で奔象墨書土器(長さん)

今回は、表題の千葉県印旛沼付近の遺跡で、
「奉潒(ほうとう)」と書かれているよう
に認められる、比較的珍しい、干潟~海を
崇拝したような祭祀遺物が、出土している
ようであるとの旨の紹介である。
 遺物の写真がweb上に公開されていて、
発掘報告書に載っている。発掘報告書が
奈良文化財研究所発掘報告書データベース
全国遺跡報告総覧に登録公開されている。
pdfファイル名は以下の通りである。
138523_1_千葉ニュータウン埋蔵文化財調査報告書.pdf
 発掘報告書の名称は以下の通りである。
千菓県文化財センター調査報告第477集
千菓ニュータウン埋蔵文化財調脊報告書ⅩⅥ
印西市船尾白幡遺跡、西暦2004年3月、
都市基盤整備公団千葉地域支社千華ニュータウン
事業本部・財団法人千葉県文化財センター。
 発掘報告書末尾抄録により遺跡の場所は、
印西市船尾字白幡322-1。遺物が出土
したのは西暦1994~1998年の間な
いし、その前後の事のようである。
 遺物の成立年代は、同じく発掘報告書末
尾抄録により、奈良・平安期とみられてい
るようである。
 遺物の写真は、発掘報告書写真図版第
102の第3段目左から2番目の赤外線
写真であり、土器の裏面ないし底面のよう
に、私には見える。遺物の出土地点を識別
する番号と見られるが、第104番-3と
の旨、ナンバリングされている。

船尾白幡奔象.gif

 上図のように「夲」とその下にやや小ぶ
りに、「浄奉」とか「潒夲」とか、何か、
1文字ないし2文字書いてあるようにも私
には見える。発掘報告書では一文字「夲」
としているようである。
 恐らくだが「夲潒」で「奉潒(ほうとう)」
の意味であり、当時遺跡から東に見えた、
塩湖湾から太平洋の景観を祭って、祭祀を
行ったときに使用した土器ではないかと私
見される。
 当時は古鬼怒湾の眺めがさぞ良かったの
であろう。海を崇拝した、比較的珍しい
土器遺物ではないかと、私は考える。
(2024/03/07)

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