SSブログ

山形県天童市中袋遺跡で平安期右鷲墨書土器(長さん)

今回は、将棋の街で名高い、山形県天童市
高擶の中袋遺跡で、大局将棋の将棋駒、山鷲右
を連想させる、漢字で右鷲と字が書いてある
ような模様の在る、杯型墨書土器の話題である。

偶然模様と見られる。

 遺物の写真がweb上に公開されていて、
発掘報告書に載っている。発掘報告書が、
奈良文化財研究所の発掘報告書データベース、
全国遺跡報告総覧に登録・公開されている。
 pdfファイル名は以下の通りである。
6247_1_中袋遺跡発掘調査報告書.pdf
発掘報告書名は、以下の通りである。
山形県埋蔵文化財センター調査報告書第97集、
中袋遺跡発掘調査報告書、2002年、財団法人
山形県埋蔵文化財センター。
 遺跡の場所は、発掘報告書冒頭の例言による
と、山形県天童市大字高擶字中袋。遺物が出土
したのは、同じく例言によると西暦1998年
前後のようである。
 遺物の成立年代は、報告書末尾の抄録による
と奈良・平安期の遺跡のようであるが、583
号竪穴住居跡に隣接する、ゴミ捨て場の第2号
溝から出土し、住居跡が9世紀後半から10世
紀頭と見られているとの旨が、発掘報告書の、
9ページ下の段付近に、記載されている。
 遺物の写真は、発掘報告書の写真図版第15
の2段目中央に有り、遺物番号はスケッチ第
27図の1番との旨がナンバリングされていて、
復元したところ、杯であったようである。

中袋遺跡右鷲.gif

上図の中央に、漢字で右鷲であると言われれば、
そうかもししれないと感じる黒い煤模様が在り、
大局将棋と異なり、右であって第1字目は山等
ではないから将棋と関連するようには見えない。
 写真図版18に田と読める明らかな墨書土器
杯も有るため、何か書いてある可能性も無いと
は言えないが。このケースには

逆に白い筋をたどると、黒い煤模様の中に、白
線ヌケが起こっているとして、説明可能である

と、本ブログの管理人には結論される。だから
平安時代に、山形県天童市で鷲・鷹狩りをして
いた等では恐らく無い、単なる偶然模様では無
いかと、今のところ思考する。(2022/04/21)

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。