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広島県広島市今市城跡遺跡で室町期奔王墨書すり鉢(長さん)

今回は、室町時代に広島県に勢力のあった
安芸武田氏の中世館城とみられる広島県
広島市の今市城跡で、すり鉢の内側に、
「奉王」と書かれており、神社・仏閣領で
あった地域に、承久の乱で坂東の武家が
勢力を伸ばしたという背景で、宗教施設と
軍事的砦が兼ねられている事を示すような、
中世「奉」墨書土器出土の話題である。
 遺物の写真がweb上に公開されていて、
発掘報告書に載っている。発掘報告書が、
奈良文化財研究所発掘報告書データベース、
全国遺跡報告総覧に登録公開されている。
 pdfファイル名は以下の通りである。
12115_1_今市城跡発掘調査報告.pdf
発掘報告書の名称は以下の通りである。
今市城跡発掘調査報告、整理期1993年3月、
財団法人広島市歴史科学教育事業団。
 発掘報告書冒頭の例言によると遺跡の場
所は、広島県広島市市佐伯区五日市町大字
石内。遺物が出土したのは西暦1992年
前後のことのようである。
 遺物の成立年代は、発掘報告書の目次に
よれば第13ページとされ、pdfでは、
私にはページ番号が発見出来ていないが、
「まとめ」の、更にその2ページ前、第
11ページ付近とみられる「遺物の説明」
の部分によれば、15世紀半ばのものと、
発掘報告書では見なされているように、
私には読み取れる。
 遺物の写真は発掘報告書写真図版第15:
”今市城跡出土遺物(1)”の最下段に
在り、遺物番号第6番との旨ナンバリング
されていて、砦で使用した調理用等の
すり鉢と見られているような印象の内容が、
発掘報告書には書かれているように、私に
認識される。

今市城奔王.gif

 遺物を見ると上図のごとくに、すり鉢の
破片を使って内面を撮影したように見え、
写真の中央のやや右に寄って、縦にかなり
大きく漢字で「奉王」と書かれているよう
にも見える。もともとこの地域が、武田氏
が進出する以前に、神道の神主と見られる
厳島神土家が支配しており、宗教施設が、
砦を兼ねているのが珍しくない地域のよう
である。そのため、神道系の「奉王」墨書
すり鉢が、合戦用の砦で出土したと、全く
解釈出来無いとまでは、行かないように私
には見える。将棋駒名の「奔王」には、私
には見えていない。(2023/04/15)

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