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岩手県盛岡市向中野館より金将木札(長さん)

以下、今まで多数紹介した、
奈良文化財研究所発掘報告書データベース、
全国遺跡報告総覧からの情報である。
 東北の戦国時代の将棋遺物が疑われ、

時代が戦国時代なのが珍しい。

出土地点は東北地方の戦国時代の武家の一
族と聞く飯岡氏の館が点在する地域らしい。
発掘報告書のpdfファイル名は、以下の
通り。
12956_1_向中野館遺跡第5・6次発掘調査報告書
表題は、
岩手県文化振興事業団埋蔵文化財調査報告書
第503集
向中野館遺跡第5・6次発掘調査報告書
2007年、岩手県文化振興事業団埋蔵
文化財センター(等)である。
 そこの10ページ付近に、”歴史的環境”
が記載されている。
 発掘調査は、岩手県で2004年前後に行
われたようであり、正確な場所は、
岩手県盛岡市飯岡新田2地割171-3他と
ある。
以下のような、木簡を切ったような木製品に、
金将(?)のようにも読める字が書いてある。
前記発掘報告書の279ページに出ている。

岩手県向中野金将.gif

ただし、発掘報告書に将棋駒出土との説明は
無い。本ブログの管理人が、図版を見ていて
たまたま見つけたものである。しかも、

明らかに2文字目が”将”かどうか、かなり
曖昧な金将にすぎない。

 ただし、ここからは他に”玉”と墨書され
ている土器が見つかっており、遺跡自体に

書いてある文字が、将棋駒に有る文字が複数
出土する、要注意地点

と考える。
 なお、館名から見て、以前紹介した向中野
の台太郎遺跡は、ここから余り離れていない
と見られる。そちらの遺物は、書かれた駒名
が”別富塚”と読め、将棋遺物ではたぶん無
いと、本ブログではした。そのリベンジのよ
うな出土になったとも取れる。ただしこちら
は、別富塚駒の出た遺跡とは、全く時代が
違い、むしろ戦国時代であるから、別富塚の
平安時代よりは、ずっと新しい。また、遺物
の姿から、別富塚のように近代成立品ではな
くて、こちらは中世のように、遺物からも、
発掘報告書の巻末奥付からも読み取れる。
なぜならこの遺跡は、戦国時代の16世紀の
館周辺のようであり、陸奥での戦乱の舞台だっ
たように、発掘報告書の”歴史的環境”にも、
説明されているからである。
 字が曖昧なため、はっきり、将棋具関連と
は断定できないが。もし将棋の史料であると
するならば、どちらかと言えば東北地方は、
より古い時代の出土駒が多いというイメージ
があるため、比較的珍しい成立年代の遺物が
出土したとの感じが、私にはする。
(2020/12/17)

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