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千葉県千葉市大膳野南貝塚で縄文後期奔行墨書土器(長さん)

今回は、千葉県の遺跡で縄文時代の典型縄文
土器に、漢字で奉行と書かれているように見
える煤模様が有るとの話題である。
 千葉県の弥生時代等に、土器が掘り出され
て、貢物入れに利用されたのではないかと疑
われる。
 遺物の写真がweb上に公開されていて、
発掘報告書に載っている。発掘報告書が、
奈良文化財研究所の発掘報告書データベース、
全国遺跡報告総覧に登録・公開されている。
pdfファイル名は、以下の通りである。
22593_2_大膳野南貝塚発掘調査報告書.pdf
 発掘報告書名は、以下の通りである。
千葉市大膳野南貝塚発掘調査報告書、
西暦2014.6、三菱地所株式会社・
公益財団法人千葉市教育振興財団・
国際文化財株式会社・
(株)玉川文化財研究所共同企業体。
 発掘報告書本文第1pdf末尾の抄録によ
ると、遺跡の場所は千葉県千葉市みどり区
おゆみの中央九丁目19番。遺物が出土した
のは、同じく抄録によると西暦2010年の
前後1年間程度の間のようである。
 紹介する遺物の成立年代は、遺物がJ40
号住居跡から出土し、遺物土器の形から、
千葉県の縄文時代後期の初め頃とみられると
の旨の記載が、発掘報告書本文第1pdf:
22593_1_大膳野南貝塚発掘調査報告書.pdf
の第402ページ付近に記載されている。
 遺物の写真は発掘報告書第2写真図版
pdfの写真図版158の最上段に有り、
写真にはJ40号住居址出土土器との旨、
付記されている。

大膳野奉行.gif

 上図のように、装飾円弧状曲線が目立つ、
甕のような縄文土器であるが、行の字が、
模様を避けるように、へんとツクリを離して
書いた点を特徴して、漢字で「奉行」と書か
れ、古代の税の納入を連想させる貢物入れ用
墨書土器のようにも見える。

千葉県の縄文時代後期初に、奉という漢字が
成立していたとすれば、紀元前2000年前
に漢字が有るという事になり、中国の漢字の
明確な成立より前になる等通説と大きく違う。

 そこで上図の写真をよく見ると、縄文土器
に円弧線模様をつけた縄文人とは別の、より
時代の下る人物が、納税用の容器として使う
土器を新たに作成する手間が省けるので、た
またま現地に露出していた、縄文土器に奉行
と書いて、このケースには、税となる奉納物
品用の容器として、

二次利用したよう、私見では見える。

円弧線模様作成者イコール「行」の字墨書者
だとしたら、漢字が書けるように模様の方を
予め調節するはずだからである。
 何れにしても、この事は、晩期縄文人にも
弥生時代の為政者・豪族は、貢物を差し出す
ように指示していた事を、支配者層が容器に
不自然感を感じて、い無いと見られることか
ら示している。よって以上のことから、

奉という漢字が、晩期の縄文時代の土器に、
関東晩期縄文時代人によって、書かれていた
としても、不思議では無い

事を示唆しているように、私には疑われる。
奉行の奉という漢字は、支配者層にとっては、
相手の人種が何んであっても、学習させるべ
き知識内容であり、恐らく大将棋等の奔王の
奔の字に、かなり形の近い

「奉」の字は、漢字の中でもわが国では第一
級に成立が早かった

事を示しているのではなかろうかと、以上の
事から私は考えているのである。(2022/04/13)

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