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岩手県大船渡市小出遺跡で縄文期奔王墨書土器(長さん)

今回は、岩手県大船渡市小出遺跡から、岩手県
の縄文中期末~後期とされる縄文土器とみられ
る出土遺物に、漢字の奉王のような煤模様が
あるとの旨の紹介である。西日本の弥生時代に
有力者に対して、縄文土器に貢物を入れて差し
出したのであろうとの、本ブログの解釈を示す。
 遺物の写真が、web上に公開されていて、
発掘報告書に載っている。発掘報告書が
奈良文化財研究所の発掘報告書データベース、
全国遺跡報告総覧に登録・公開されている。
pdfファイル名は、以下の通りである。
22959_1_岩手県内遺跡発掘調査報告書.pdf
 発掘報告書の名称は、以下の通りである。
岩手県文化財調査報告書第103集
岩手県内遺跡発掘調査報告書(1997年/年度)。
1998年3月、岩手県教育委員会。
 なお、この発掘報告書には”柳の御所遺跡”
を追加して加え、合計50箇所の遺跡の
調査結果が、概略だけだが記載されている。
 遺跡の場所は、発掘報告書第77ページの、
48:越喜来地区宅地造成事業/小出Ⅰ遺跡
によれば。岩手県大船渡市(気仙郡三陸町:当
時)越喜来字小出。遺物が出土したのは、
同じく発掘報告書第77ページによれば、
西暦1997年前後の事のようである。
 遺物の成立年代も、第77ページにあり、
岩手県における縄文中期末~縄文後期と、遺跡
自体が考えられているようである。
 遺物の写真は発掘報告書の、岩手県内遺跡
出土遣物の第4写真図版の、下から2段目の段
のカラムの24:小出Ⅰ遺跡の、左側端に在る。
比較的大きな、縄文土器の破片のように見える
遺物である。

小出Ⅰ遺跡奔王.gif

 上図のように、下段中央に、ダビデの星か、
または漢字の奉にも見える、黒い煤シミのよう
な模様が在り、その左側に”王”か”玉”のよ
うにも見える、奉よりも、幾分薄い模様が在る。
 続けると奉王であり、有力者にその時代に、
縄文土器に貴重品を納めて、貢いだように連想
される。奉が奔である可能性は薄く、将棋とは
関連しないようだ。しかし縄文時代中期末は西
暦前約20世紀。後期は前10世紀程度である
から、将棋の成立の問題以前に、漢字が成立し
ていない。が東北地方であるから、晩期使用の
土器が混入し、西暦前数世紀に、土器自体は成
立したのであろう。それでも漢字で、有力者に
差し出す貢物の器に印をつけるには、日本では
まだ早い。

紀元前後頃に、たまたま取得していた縄文土器
に、識字の在る人間が「奉王」の字等を入れて
物品を入れて納税したが、弥生時代の大船渡市
の有力者は気にせずに、容器ごと物品を受け取
るのが通例であった

という事なのではないか。晩期縄文人が、弥生
時代の有力者に、弥生人に混じって貢物を出す
事が在るという、確かな証拠となる大事な遺物
のひとつのように、私には思える。(2022/06/11)

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