SSブログ

岐阜県揖斐川町戸入村平遺跡で縄文期奔水彩色石皿(長さん)

今回は、縄文時代の遺跡から、縄文時代の
石皿と見られるが、近代の局面印刷技術に
よる絵柄と、水という文字が書いてあるよ
うに見える、石材出土の話題である。近代、

遺物が化粧庭石等に転用された疑いが有る

のではないかと私見される。
 遺物の写真がweb上で公開されていて、
発掘報告書に載っている。発掘報告書が、
奈良文化財研究所発掘報告書データベース、
全国遺跡報告総覧に登録・公開されている。
pdfファイル名は、以下の通りである。
1370_1_戸入村平遺跡Ⅱ小谷戸遺跡.pdf
 発掘報告書の名称は以下の通りである。
岐阜県文化財保護センター調査報告書第64集
戸入村平遺跡Ⅱ・小谷戸遺跡、西暦2000年、
財団法人岐阜県文化財保護センター。
遺物は、このうち戸入村平遺跡で出土した
ようである。
 発掘報告書末尾の抄録によると遺跡の場
所は、岐阜県揖斐川町(揖斐郡藤橋村:当
時)戸入村ノ内2。
遺物が出土したのは、西暦1998年前後
の事のようである。
 遺物の成立年代は、遺構以外のところで
出土したが、発掘報告書では縄文時代の
石皿であると考えられているように取れる
旨が、報告書の第165ページ付近に在る。
 遺物の写真は発掘報告書の写真図版の第
63の左側に在る、2つの石皿とされる石
材である。遺物番号としてそれそれ上から、
第344番・第346番とナンバリングさ
れている。

戸入村平奔水.gif

両方共に、下部にかなり大きく、細い線で
漢字で水という字のに見える模様が目立ち、
その上に両方共に煤けているが「奉」と書
いてあると言われればそのようにも見える
模様が有る。岐阜県の縄文時代では、晩期
だとしても、水という漢字等の成立が、通
説に比べて飛び抜けて早い。
 それ以前に、遺物番号344番の右の、
同じ何等か特定の色の色材で描いたように
私には見える、モノクロ写真の水辺の草の
ような模様が、

シルクスクリーンで、グレーではなく何ら
かの有彩色の色素が入った塗料を、印刷し
たような、近代の局面印刷技術品

のように見える点が、幾らか不可解である。
 よって今のところ本ブログでは、この文
字の成立は縄文時代ではなくて近代であり、
縄文時代の石皿を、間違って化粧庭石とし
て使用してしまい、水場に飾りとして、し
ばらく近代置かれたものではないかと、私
的に疑っている。(2022/06/01)

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー