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静岡県森町睦実遺跡で鎌倉期王将墨書土器(長さん)

今回は、将棋の王将から来るとみられるそ
の内容の書かれた疑いのある、鎌倉時代成
立の、静岡県西部で発掘された、墨書土器
の話題である。
 遺物の写真がweb上に公開されていて、
発掘報告書に載っている。発掘報告書が、
奈良文化財研究所発掘報告書データベース
全国遺跡報告総覧に登録・公開されている。
 pdfファイル名は以下の通りである。
15524_1_森町睦実の遺跡.pdf
 発掘報告書の名称は以下の通りである。
静岡県埋蔵文化財調査研究所調査報告第150集
森町睦実の遺跡、2004年、財団法人
静岡県埋蔵文化財調査研究所・日本道路公団静岡
建設局。
 なお森町睦実は地名であり、群遺跡のよ
であると本ブログの管理人は解釈している。
遺物が出土したのは、鴨ノ前遺跡である。
 発掘報告書末尾の抄録および発掘報告書
第105ページ付近の記載によると鴨ノ前
遺跡の場所は、静岡県周智郡森町睦実
字鴨ノ前49。遺物が出土したのは西暦
2000年前後のようである。
 遺物の成立年代は、鴨ノ前遺跡の第3建
て屋跡で出土したが、共出土した遺物から、
13世紀の鎌倉時代中頃とみられている
ように、発掘報告書の第129ページ付近
からは、読取れるようである。
 遺物の写真は、発掘報告書の写真図版第
27(鴨ノ前遺跡)上段カラム「SX03」
出土遺物の右側に在り、遺物番号で第28
番との旨ナンバリングされている、杯のよ
うな形の土器の、底の部分の写真について
である。

森町睦実王将.gif

 上図のように、中央上半分に、「王」か
「正」のように私には見える煤模様が在り、
その下にツクリの左側、つまり漢字の中央
が擦れているが「将」のような、はっきり
しない模様が在る。

将棋の王将から来ていても、成立年代から
見て、おかしくないと私見

する。将棋の駒名を底に書いた、杯土器な
のでは無かろうか。
 なお、発掘報告書では、将の草書に幾分
似たひらがな一文字で”ね”と釈文され、
墨書遺物とみなされているように書かれて
いると、読み取っている。
 後鳥羽上皇時代の皇室領荘園だった場所
という事なので。在地の藤原氏の庶流を名
乗る荘園警備の役目の者が、平安大将棋や
平安小将棋等を指した関係で、皇族型双王
9升目小将棋に因んで、王将墨書遺物が出
土したのかもしれないと私は思う。
本ブログ久々の、以上将棋関連史料の紹介
であると考えている。(2022/10/02)

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