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兵庫県朝来市柴遺跡で古代山泰刻書土器(長さん)

今回は墨書ではなく刻書だとみられ、表題
の遺跡で奈良・平安前期に成立した須恵器
であるとされる、遺物土器の話題である。
 遺物の写真がweb上に公開されていて、
発掘報告書に載っている。発掘報告書が、
奈良文化財研究所発掘報告書データベース
全国遺跡報告総覧に登録・公開されている。
 pdfファイル名は以下の通りである。
48413_1_柴遺跡.pdf
発掘報告書の名称は、以下の通りである。
兵庫県文化財調査報告第360冊朝来市所在
柴遺跡、西暦2009年、兵庫県教育委員会。
 発掘報告書末尾の抄録によると遺跡の場
所は兵庫県朝来市山東町柴字別久。ここで
話題にする遺物が出土したのは、西暦
2000年前後のようである。昔の但馬国
と丹波国の境の遠阪峠付近、山間部の遺跡
のように、冒頭紹介されている。
 遺物の成立年代は、発掘報告書の第28
ページ付近の記載によると、遺物はB地区
第Ⅱ層から出土したが、古代の遺物の層で
あり、形から8世紀~10世紀の間の奈良・
平安前期の成立であるとみられるとの事の
ように読取れる。
 遺物の写真は、発掘報告書の写真図版第
44の上から3段目の左から2番目中央に
在り、遺物番号第268番とナンバリング
された、須恵器の杯土器と、発掘報告書で
される土器のカケラの一つである。

紫遺跡268山泰.gif

 上図のように、墨書ではなくて削って、
漢字で「山奉」と書いたような、擦れた模
様が土器の底在り、もともとは

かなり立派な物

のように、私には見える。兵庫県朝来市で、
山岳崇拝の祭祀用に用いるものだが、官衙
クラスの遺跡をこの遺物だけからでも連想
させ、実際他の多数の共出土物品から、発
掘報告書の第53ページにあるように、そ
のように結論されていると解釈される。
(2022/10/15)

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