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奈良県御所市観音寺本馬遺跡で弥生後期奔馬墨書土器棺(長さん)

今回は奈良県御所市の観音寺本馬遺跡で、
奉馬墨書棺甕墓土器がかなり以前に出土し
ているとの旨の紹介である。奈良時代では
なく、

2世紀前後の弥生時代の遺物らしい。

 遺物の写真がweb上に公開されていて、
発掘報告書に載っている。発掘報告書が、
奈良文化財研究所発掘報告書データベース、
全国遺跡報告総覧に登録・公開されている。
 pdfファイル名は、以下の通りである。
19640_1_観音寺本馬遺跡.pdf
 発掘報告書の名称は以下の通りである。
御所市文化財調査報告書第48集観音寺本馬遺跡、
2015年12月、御所市教育委員会。
 発掘報告書末尾の抄録によると遺跡の場
所は、奈良県御所市大字本馬。遺物が出土
したのは、西暦2009年前後の事のよう
である。
 遺物は、A西2-2区の第3遺構面で
出土したが、遺物の形態から、弥生時代後
期後半の2世紀前後に成立と取れる旨が、
発掘報告書の第105ページ付近に記載さ
れている。
 遺物の写真は発掘報告書の写真図版第
33の下段に在り、第84-1番との旨、
ナンバリングされていて”A西2区下層
トレンチ2-2区土器棺墓1”との旨、
付記されている。かなり大きな、甕型の
物品である。

観音寺本馬奔馬.gif

 上図のように、黒い地に、更に黒く、
中央かなり下の部分に、漢字で「馬のよう
に読める煤模様が在り、その上に大きめに、
はっきりしないが「奉」のようにも見える
模様が薄く在る。

戦闘に利用する馬の、骨等を入れたのでは
ないだろうか。

 時期も弥生時代末で早く、畿内では、
かなり早くから、帰化人等により軍事目的
と見られる馬が飼育されていて、その痕跡
が、土器や地名にさえ残っている疑いが有
るのかも知れないと、私はこの例に関して
疑っている。(2022/10/03)

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