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大阪府茨木市安威城跡遺跡で5C初奔馬墨書壷土器(長さん)

今回は、古墳時代中期頃成立で、大阪府の
遺跡から、鉄製遺物と共に奉馬墨書土器が
出土したとの旨の話題であり、大陸からの
鉄文化が引き続き隆盛するとと共に、軍馬
等の飼育が、引き続き行われたようだとの
趣旨の紹介である。
 遺物の写真がweb上に公開されていて、
発掘報告書に載っている。発掘報告書が、
奈良文化財研究所発掘報告書データベース、
全国遺跡報告総覧に登録・公開されている。
 pdfファィル名は、以下の通りである。
17736_1_安威城跡Ⅲ.pdf
発掘報告書の名称は以下の通りである。
大阪府埋蔵文化財調査報告2014-4安威城跡Ⅲ、
西暦2015年3月、大阪府教育委員会。
 発掘報告書末尾の抄録によると遺跡の場
所は大阪府茨木市安威二丁目。遺物が出土
したのは、西暦2013年前後の事のよう
である。なお城跡だが、古墳時代には大き
な集落が有った、その跡のようだとの事で
ある。
 遺物の成立年代は、発掘報告書の第48
ページ付近の記載によると、遺物は第16
土坑中層で出土したが、遺物群の特徴から、
4世紀後半から、5世紀初頭の古墳時代の
成立とみられているように読取れる。
 遺物の写真は、発掘報告書の写真図版
第28:”平成25年度調査区出土遺物
(3)”の最上段左に在り、遺物番号第
74番との旨ナンバリングされていて、
古墳時代風の口に鍔の在る壷型の土器の
ように、私には見える。

安威城奔馬.gif

 上図のように中央に、漢字で、やや崩れ
ているが奉のようにも読める煤の中に、埋
もれた模様が有り、その右下に小さく馬と
書いてあって、その右隣に「島」の異字で
あるとみられる「嶌」と、重なって書かれ
ているようにも見える。「奉島の馬」の意
味のようでもある。
 日本列島から、軍馬を神戸港付近で船舶
に乗せ、大陸方面に古墳時代に輸出するケー
スが有った事を、示している疑いが有るよ
うに私見する。本ブログでは、こうした行
為が中国の前漢王朝の武帝の時代の頃から、
大陸から渡来した日本在住の中国人によっ
て営まれており、中国が六朝時代に入って、
日本に諸侯分立の古墳時代になると、特に
近畿方面では、古墳期の有力者を通して、
鉄や軍馬の行き来が行われたのではないか
と見ていて、それを示唆するようでもある。
(2022/11/13)

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