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千葉県袖ヶ浦市八重門田遺跡で古墳期山鬼墨書土器(長さん)

今回は千葉県袖ヶ浦市八重門田遺跡で古墳時代
の遺物土器に山鬼と書かれているように見える
物品があるとの旨の紹介である。
 遺物の写真がweb上に公開されていて、
発掘報告書に載っている。発掘報告書が、
奈良文化財研究所の発掘報告書デーベース、
全国遺跡報告総覧に登録・公開されている。
 pdfファイル名は、以下の通りである。
106163_1_袖ケ浦市定使山遺跡・八重門田遺跡・清水川台遺跡2.pdf
 発掘報告書の名称は、以下の通りである。
袖ケ浦市定使山遺跡・八重門田遺跡・
清水川台遺跡(2)、西暦2018年、
千葉県教育委員会。
 以下に話題にする遺物は、真ん中の、
八重門田遺跡で出土したようである。
 発掘報告書末尾の抄録によると遺跡の場所は、
千葉県袖ケ浦市久保田代宿入会地字木ノ根坂代
11-1-5。遺物が出土したのは西暦
2013年前後の事のようである。
 遺物の成立年代は、遺物は八重門田遺跡の、
第2竪穴住居跡で出土したが、発掘報告書第
41ページ付近の遺構表によると、住居跡自体
が、古墳時代中期の5世紀前後と推定されてい
るように読取れる。
 遺物の写真は、発掘報告書写真図版第47の
2段目右端に在って、第2号竪穴住居遺物番号
第8番との旨、ナンバリングされ、甕のようで
ある。2つに分断され、胴体の8-2とナンバ
リングされた部分に模様が在る。

八重門田山鬼.gif

上図のように、写真のほぼ中央の3つの破片を
繋ぐと、漢字で山鬼または出鬼と読めるような、
暗い煤模様が出てくる。将棋の駒の名称には無
いが、奔鬼や山鷲等と類似で、大大将棋や、
大局将棋を少し連想させる。
 しかしながら、清澄山・鋸山等、千葉県の山
からは、少し距離が離れすぎているようであり、
不思議である。
 そこで字のように見える模様を良く見ると、

第1字目は不明確

である。

租税に関連して「免」等と、一文字書いてある

可能性が在るのではないか。
 千葉県では、識字層が有力者と税等物品をや
り取りするとき、奉だけでなく「免」等の必要
な漢字を使うという習慣が、たまたま5世紀ま
でには成立していたのかもしれないと疑われる。
以下個人的見解だが。日本の古墳時代は、古代
よりも更に、日本というより中国に居るような
世界だったように私はイメージする。(2023/01/02)

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