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大阪府阪南市向出遺跡で13C奔馬墨書瓦器椀(長さん)

今回は大阪府では弥生時代後期ばかりではなく、
鎌倉時代成立の奉墨書土器も、出土するという
話題である。
 遺物の写真がweb上に公開されていて、
発掘報告書に載っている。発掘報告書が、
奈良文化財研究所発掘報告書データベース、
全国遺跡報告総覧に登録・公開されている。
報告書のpdfファイル名は以下の通りである。
4702_1_向出遺跡発掘調査報告書.pdf
 発掘報告書の表題は、以下の通りである。
阪南市埋蔵文化財報告43向出遺跡発掘調査報告書、
2009年、阪南市教育委員会。
 発掘報告書末尾の抄録によると、遺跡の位置
は、大阪府阪南市自然田、遺物が出土したのは、
西暦2000年前後の事のようである。
 遺物の成立年代は、発掘報告書の第7ページ
付近の記載によると遺物はA区で出土し、成立
年代の幅は広いが、問題の遺物個体の形から、
13世紀前半の瓦器椀であると、発掘報告書で
は判断されたように読み取れる。もともと縄文
土器も出土する遺跡らしい。
 遺物の写真は、発掘報告書の写真図版第9の、
右上に在り、A区第3層出土遺物の第5番との
旨、ナンバリングされている。小さめの食器ボー
ルのような形をしているように、私には認識さ
れる。

向出奔馬.gif

 上図のように、ぼんやりと、右上の口の部分
に奉、中央少し右寄りにに下の4点がはっきり
せず、弔のようにも見えなくもないが、馬であ
ると強く言われれば、そのようにも見える漢字
のような、大きい黒い模様が在る。馬がお椀を
使うというのは不自然だが、ともかく奉であっ
て奔では無いので、飼い馬に関連しそうでもあ
り、大局将棋とは関連無さそうである。よって
鎌倉時代に、大局将棋が有ったとの証拠には、
何れにしてもなら無さそうである。
 そこで、馬用にお椀が有るという点の謎につ
いて考えてみると、上図のように、

味噌汁を飲む椀にしては形が違う。むしろ子馬
の水飲み転用食器と見ても、大きい矛盾は無い

と気がつく。献上する為に飼われていたか、た
またま他界してしまって、神棚に器が置かれた
のか。鎌倉時代には大阪府阪南市でも、武家に
とって戦力となる飼い馬は、大事にされたとい
う事なのかもしれない。(2022/05/04)

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