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宮崎県都城市豊満大谷遺跡で古墳期龍馬墨書土器(長さん)

今回は、九州宮崎県で古墳時代成立とみられる
龍馬と書かれた墨書土器に山奉とも書いてあり、
山奉龍馬とも読めるような、土器瓶破片の出土
の紹介である。
 遺物の写真がweb上に公開されていて、
発掘報告書に載っている。発掘報告書が、
奈良文化財研究所の発掘報告書データベース、
全国遺跡報告総覧に登録・公開されている。
pdfファイル名は、以下の通りである。
3869_1_豊満大谷遺跡野添遺跡.pdf
なお、写真図版pdfは、第2pdfまで
続いている。
 発掘報告書の表題は以下の通りである。
宮崎県埋蔵文化財センター発掘調査報告書第83集
豊満大谷遺跡・野添遺跡、2004年、
宮崎県埋蔵文化財センター。
 今回紹介する遺物は、このうち豊満大谷遺跡
で出土したようである。
 遺跡の場所は”第Ⅱ章 豊満大谷・野添遺跡
の立地と環境”によると、宮崎県都城市豊満町
字大谷。ここで話題にする遺物が発掘されたの
は例言によると、西暦2001年前後の事のよ
うである。
 遺物の成立年代は発掘報告書の第67ページ
付近の記載によると、他十数点と共に出土した
今回ここで紹介する土器片は、詳しい記載は無
いが、古墳時代のどこかで成立と考えられてい
るようである。
 遺物の写真は発掘報告書の、豊満大谷遺跡の
写真図版6の中の中段付近のカラム:
”出土土器(弥生~古墳時代)5”の、左下に
在り、豊満大谷遺跡編通し番号第189番との
旨、ナンバリングされている。瓶のような形の
土器の、破片と見られているようである。

豊満大谷龍馬.gif

 上図のように、左下の破片に龍馬または、
馬龍馬と書いてあるようであるがその右に、や
や擦れて山の字が有るようである。更に字が潰
れてはっきりしないが、山の下に有る模様は、
奉のようでもある。そこで右から縦に読むと、
山奉龍馬かまたは、山奉馬龍馬になるようにも
見える。
 本ブログの管理人の見解によれば山は、古墳
時代のその地の有力者の祖先霊という意味だと
考えられている。実質的には神主を兼ねる都城
市付近を当時勢力範囲とした有力者の長に、馬
を献上するという意味だとみられ、古墳時代の
豪族の長は、山を奉じる神主姿であっただろう
と推定できる、根拠になる遺物の一つだと私見
する。
 遺跡は都城市の南東の山の端に有るようなの
で。恐らくは古墳時代には、鰐塚山系には鉱脈
が有り、その鉱山資源を捜索する渡来漢王朝人
が、馬を奉じられる有力者の長の、先祖神の正
体といった事なのではないかと疑う。
 全く時代が違う近世の話であるが。都城市の
中国人町跡から、シャンチー駒が出土している
のも象徴的だ。(2022/05/12)

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