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石名田木舟(2002)王将駒オモテ面余白模様(長さん)

今回は以前紹介した、富山県文化振興財団
埋蔵文化財発掘調査報告第14集
石名田木舟遺跡発掘調査報告、2002に
あり、天童の将棋駒と全国遺跡出土駒で、
”37.石名田木舟(F3)遺跡(富山県)
の王将”と紹介されている出土将棋駒の、
オモテ面余白に、別文字が書いてあるのか
どうかを問題にする。

オモテ面は凸凹の凸部への墨の付着。裏面
に、”將”の上部を書いたとき滲んだ墨

であると推定する。
 では説明を始める。
 発掘報告書では、元々字の書いてあった
板材の再利用との見解で、オモテ面の王将
面にも、別の文字が書いてあると見ている。
そして読もうと試みて失敗したとしている。
”王将の左に『口三直謹』か”とも考えて
いるようである(報告書の、本文426ペー
ジのスケッチ横)。また遺物番号を発掘報
告書では、第5033番としている。詳し
くは下記発掘報告書pdfファイルの、
416ページ等を参照されたい。
奈良文化財研究所発掘報告書データベー
ス、全国遺跡報告総覧に登録されている。
5597_5_石名田木舟遺跡発掘調査報告.pdf
 が、良く観察してみると、オモテ面には、
左上から右下に向かって筋が付いている。

石名田木舟5033.gif

筋の左側だけ、毛管現象で薄く墨が付いた
だけ

と私は見る。その薄く付いた墨が、

オモテ面の”ざらざら”のうち、出っ張り
部分でだけ目立っていて模様が出ている

ように、私には見える。裏面についたボタ
墨が、水に溶けて広がったのではないか。
 では、なぜ裏面に”・・”の形のボタ墨
跡が、有るのかだが。

この駒の王将の将の字は、爿のヘンに、
新字体の将の右側がツクリで付いている。

当時としては変わった字を書いたので、他
人が濃い墨で裏に”將”の上部を書いたと
きに、墨が滲んだようにも見える。つまり、

爪では気に入らないので、然の1~4画目
を書いて、字体がおかしいのを指摘した

という意味である。
 よって、実用上は問題が無かったが。
発掘報告書解釈のようにオモテ面では無く、
裏面に、別の字の一部が書き込まれていて
墨が乾いていないのに使用したので、

広がって滲んで、オモテ面にヨゴレが出た
だけの可能性も有る。

以上のように本ブログでは推定するのであ
る。(2021/03/07)

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