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奈良市平城宮左京八条遺跡で奔入兵墨書土器(長さん)

今回は、奈良時代成立の奈良平城京左京八条遺跡
で東市跡とみられる場所から、~奉入兵と書かれ
た墨書土器破片が出土しているとの旨の話題であ
る。なお、発掘報告書では、上部の字が欠けてい
るので、意味不明と旨記載が有る。
 遺物の写真がweb上で公開されていて、
発掘報告書に載っている。発掘報告書が、
奈良文化財研究所の発掘報告書データベース、
全国遺跡報告総覧に登録・公開されている。
pdfファイル名は、以下の通りである。
17419_1_平城京左京八条三坊発掘調査概報.pdf
発掘報告書の名称は、以下の通りである。
平城京左京八条三坊発掘調査概報、1976.3、
奈良県。
 発掘報告書冒頭の調査の経過によると、遺跡の
場所は、奈良県奈良市東九条町姫寺960番地。
遺物が出土したのは、西暦1975年前後の事の
ようである。
 遺物の成立年代は、発掘報告書内で奈良時代の
遺物の箇所で説明され、奈良時代の成立と見られ
ているようである。
 遺物の写真は、発掘報告書の第35ページの、
挿入写真”各種の墨書”の最上段3番目に在る。

平城宮奔入兵.gif

 上図のように、(数学記号”角”)奉入兵と読
め、ぼぼ発掘報告書の釈文の通りである。
 土器の破片のように見えるが、詳細は不明であ
る。冒頭述べたような解説が、発掘報告書に有る。

献上物を納めた者の素性を書いたように、全体の
墨書の傾向から、私には読取れる。

 「入兵」は将棋の駒名に無いから、奈良時代に、
いわゆる日本の将棋が成立していた史料とは言え
ないと考える。読みは「山(篆書体)奉入兵」等
ではなかろうか。
 武装勢力としての山伏集団の、朝廷に対する加
勢を表明している雰囲気が、最初の記号が山を連
想させるため、淡いが私には感じられる。(2022/08/13)

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